「辻沢日記 40」(山道のヒダル)
あたしは社殿に取って返し、コンべとスケッチブックをもって来た。
その湧き水地点を、境内マップにトレースするのだ。
水のせいで最初は難儀したけれど、コツを掴めばなんてことはない。
水の澄んだところを探し、足で湧き水ポイントを探る。
そこに手頃な棒を刺してコンべの端を固定し、社殿までの距離を2カ所測る。そうして位置を決めておいてスケッチブックにトレースしたら次を実測する。
時間が経つと自然と水が澄んでくるので、曳き波を蹴立てて歩きまわり、水を濁してしばし待つ。
すると湧き水の部分から水が澄んでくるので実測をする。
そして時々社殿に戻らなければならない。
夏とはいえさすがにずっと水中に足を浸していると、しびれて来るので足先を温めるためだ。
めっちゃお腹がすいてきた。時計は12時になろうとしていた。
大方の湧き水ポイントをトレースし終わった感じがしたのでお昼にする。
ユウの分もと紫子さんが昨日の倍量おにぎりを持たせてくれたのだけれど、すきっ腹には代えられず全部食べてしまった。
ユウはどうせ夕方に戻るって言ってたからいいか。
すこし早いが、実測結果をもって四ツ辻に帰ることにした。
遅くなったらきっとパジャマのあの子に会ってしまう。
今の時間なら明るいうちに四ツ辻にたどり着けそうだった。
どうせ見ないに決まってるけど、ユウが心配しないようにメールして傀儡子神社を後にする。
雨は止んだけど、空は雲に覆われていたので森の中は暗かった。
山道を歩いて気になるのはやはり森の下草を分けて付かず離れずについてくる音だった。
もしそれが大学にまで侵入してきたような存在なら、あたしが傀儡子神社の結界を出た途端に襲って来ただろう。
ところが今付けて来ているのはガサガサと音を立てながら追跡してくるような手合いなのだ。
あまりに知能が低い。
動物かとも思う。腹をすかせた山犬か。
ならば群れていてもよさそうだし。
そうか、ヒダルなのかもしれない。
「ヒダルはね、傀儡子が弱るとすぐに嗅ぎつけて近寄って来るよ」
いつだったか紫子さんが言っていた。
ヒダルだとすれば、なんであたしに?
あたしはそんな弱ってはいないと思うんだけど。
四ツ辻との中間地点の見晴台まで来た。
といっても少し開けた場所に朽ちかけた丸太が一本横たえてあるだけのスペースなのだが。
いつもならそこから辻沢の市街が見晴らせるはずだった。
しかし今日はこっちは雲の中、足下の木立さえ見えないほどの視界だ。
今朝別れたユウはこの雲の中のどこかであたしのことなど忘れて自分だけの愉悦に身を任せていることだろう。
まだ日没には時間があるけれども先を急ぐ。
もしパジャマの少女が現れれば屍人間違いなしだし、十に一つ逃げ延びたとしても瀕死だろうからヒダルの餌食だ。
いずれにしてもいたいけな女子のまま生き残ることは望めなさそう。
街道に出て歩いている間も、森の下草はカサカサと鳴っていた。
大きなカーブを曲がって最初のサンショウ畑の手前のお地蔵さんまで来ると、正体不明の音は聞こえなくなった。
四ツ辻の結界を嫌ってどこかへ行ったのだろう。やっと一息付ける。
西の空を見ると晴れ間が出ていてすでに茜色に染まり始めていた。
四ツ辻公民館の脇を通って紫子さん宅へ帰る。
玄関の前に立つと懐かしい匂いがしていた。これはサンショウ肉みそうどんだ。
山椒の実をふんだんに使う辻沢の郷土料理だ。
食事を終わってお風呂をいただき、紫子さんとすこしお話した。
紫子さんには先に寝てくれるように言って、作業部屋にこもって今日の実測を昨日までの成果に落とし込む。
一通りプロットし終わって、全体を見るとやっぱり思っていた通りの結果だった。
これを見て思い出したのが、鞠野フスキの、
「君たちこそ辻沢のアルゴノーツだよ」
という言葉だった。
近いうちに鞠野フスキに会いに行かなきゃ。
その日、布団に入ったのは3時を回っていた。
結構な体力仕事をしたにしてはよく起きていられたと思う。
明日はまた重労働だ。
(毎日2エピソード更新)
続きはこのあと21:10に公開します
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