「辻沢日記 9」(背中の生傷)
危険な匂いがする女から逃れるために必死でアクセルを踏んだ。
どうやってシャトー大曲の地下駐車場を出られたのか。
気が付いたら車はバイパスを直進してた。
ユウの手があたしの腕を掴んでハンドルに添えさせる。
それまであたしはハンドルを握っていなかった。
ユウが操作をしてくれたから、壁や縁石にぶつからずにここまで来れたのだと知る。
「あの女誰? 知り合い?」
助手席のユウは頷いたようだった。
横を向くとユウが気だるそうに前を指差した。
あの女のことが一瞬頭を過って背筋が寒くなった。
焦って前を向く。
現実はホラー映画のようではない。
フロントガラスにあの女は張り付いてはいなかった。
ユウはただ前を向けと言いたかったのだ。
「誰なの?」
と聞くとユウが億劫そうに、
「知らない」
と面倒くさそうに言う。何も話す気がないらしい。
ユウはシートに深く座りなおすとすぐに寝息を立て始めた。
この子は一晩中、地下道で屍人と戦い続けたのだ。
疲れているのは当たり前なのだけど、こんなに憔悴しきった姿をあたしに見せることはなかった。
詳しいことは分からないけどユウはあの女のせいでそうとう参っている。
そう思った。
そのままバイパスを上って辻沢の街中まで行き、駅で車を止めた。
降りる前にユウにカバンの中の着替えを渡した。
車の中がとんでもなく酷い臭いになっていると言うと、チェッと舌打ちして外も気にせずに上着を脱ごうとする。
あたしはあわてて人目のなさそうな建物の陰に車を寄せた。
ユウは下着も脱いでさっさと着替えだす。
ユウの体には二十歳過ぎの女性とは思えないほどたくさんの傷がある。
どれもが切り傷で、まだ肉が盛り上がっている新しそうなものや、かなり深手だったんじゃないかというものもある。
潮時の傀儡子は傷を受けても一切残らない。
しかし平常時は人と同じだ。
この傷の数々は、ユウが日常の中で命のやり取りしている証なのだ。
今はほぼ不死身の潮時と常人のちょうど閾、ユウの唯一の弱みといえる時間帯だ。
あの女は、そういうことをすべて知った上で、今朝のような瞬間を狙って待ち伏せをしていた。
いったいあの女は何者なんだろう。
オトナに聞けば何か分かるだろうか?
汽車の時間が迫っていた。
あたしが自分用に持ってきたものに着替えて車を降りると、意外だったけどユウがよたよたついてきた。
汽車が来るまで駅舎で一緒に待つという。
駅舎はいつもの山椒の匂いがしていた。
朝早いけれど、沿線の学校に通うJKたちが汽車を待っている。
ユウとあたしは隅のベンチに座ってそれを眺めている。
二人でこうしていると中学生のころを思い出す。
あのころ、お互いに友達も出来なかったので学校でも通学でもいつも二人ぼっちだった。
周りは自分たちにまったく関心を示さず、そこにいることさえ気づいてなさそうな人ばかりだった。
あたしは、そんな人たちのことを異世界の住人で今たまたま異界の扉を開いてこちらに来たばかりなんだ、だからあたしたちが目に入らないんだと思うことにしていた。
本当のところは真逆だと知りながら。
ユウは駅舎にいる間ずっと無言のままだった。
けれど改札での別れ際、今日はありがとうと言った。
そんなこと言われたのは初めてだった。
(毎日2エピソード更新)
おもしろい、続きを読みたいと思ったら
ブクマ・★・いいね・一言感想で応援いただけると嬉しいです٩(*´꒳`*)۶
この続きは明日21:00公開です
よろしくお願いいたします(*ᴗˬᴗ)⁾⁾⁾
たけりゅぬ




