「辻沢ノーツ 49」(秘めたるムラサキコさん)
ユウが社殿の出口に向かいかけると、奥の暗がりから2つの人影が蝋燭の光の中にゆらっと姿を現した。
一人は天井に頭が付くほど大きい寸劇・Z、もう一人は小柄で口ひげを蓄えたサダム・Z。
再びの砂漠のゾンビ旅団。ただし、ここにもサーリフくんはいなかった。
二人とも虚ろな目をして口から血泡を吹いていて、
無表情であたしの横を通り過ぎるとユウの先に立って出口へ向かった。
障子が開いて外から磯臭い空気が吹き込みロウソクの火を消す。
先頭の寸劇・Zが階を3段ほど降りたところで動きを止めた。
ユウが壁のような2人の間を分けてその前に出る。
「何だ、邪魔が入っちゃったな」
ユウの声が社殿の外から聴こえてきた。
他の人と会話しているようだけど何と言ってるのかあたしには分からない。
「あんたらの言いなりなんかにならないよ」
という声が聞こえたあとすぐ、ユウがものすごい勢いで社殿の中に戻って来て、ジャンプ一閃屋根裏に消えた。
砂漠のゾンビ旅団の2人も無表情のまま戻って来ると、再び奥の暗闇の中に消えたのだった。
あたしが開け放たれたままの障子から恐る恐る外に出ると、社殿の前庭には誰もおらず石段を人影が昇ってゆくのが見えた。
ユウと会話していたのはあの人かもしれない。
あたしはその人を追いかけていいものか判断しかねたけれど、ユウがいなくなった社殿に用はないので石段を戻ることにした。
早足で追いかけたけれど、その人影に追いつけないまま石畳のトンネルの入り口にたどり着いてしまった。
あたしは石段を昇りきり石畳の奥に目をやった。
参道の中間辺りにたくさんの明りが見えた。
近づいて行けばそれはタヅコさんたちなのだった。
心配になったから迎えに来たと言う。
ムラサキコさんも一緒でミヨコさんの肩につかまり立ちをしていた。
「足をくじいて動けなかったの。ごめんなさい」
ずっとここにいたってこと?
「今、誰かここ通りませんでしたか?」
「いいや。誰も通らなかった」
他の人も首を横に振った。
じゃあ、あれはムラサキコさんではなかったのか。
ムラサキコさんを見ると膝が痛むのか表情を歪ませて苦しそうだ。
「ムラサキコさん大丈夫ですか?」
「大丈夫、なんとか」
おそらく一人では歩けなくなったのだろう。
改めて迷惑を掛けたことが申し訳なくなった。
ムラサキコさんたちと一緒に山道を戻りながら、あのことをユウに聞き忘れたと思った。
それはあたしがユカリさん宅を追い出された日、ヤオマン・インからあたしのカバンを持ち出さなかったかということだった。
でも今ではどうでもいいことのような気がした。
四ツ辻に戻るとすでにバスもなく、あたしはムラサキコさんのお宅に泊めさせて頂くことになった。
立ってるのが困難なムラサキコさんのために他の方々もしばらくいてくださり皆さん一緒に台所に立って夕食の用意をしてくださった。
それがとても自然な感じで、いつもこんな風に生活をしているのだろう。
うらやましいと思った。
あたしもお手伝いをしていてとて居心地がよかった。
「クロエちゃんはムラサキコさんとこのお嫁さんのようだよ」
タヅコさんが言う。
「こんな辛気臭い姑、嫌だよね」
ジュンコさんが茶々を入れると、
「悪かったね。あんただって嫁に『お義母さん、一生同居しないにしましょう』って言われた癖に」
少々きつめなんじゃないかなというムラサキコさんの返しをジュンコさんは気にとめる風でもなく、
「そんなことあったかね」
と、とぼけた様子で笑っていた。
夕食後に、報告書をみなさんにお渡しした。
本当はその場で読んで聞いて頂きたかったけれど、皆さん一緒だし夜も遅かったので、後日各自お時間をいただいて素読させてくださいとお願いした。
皆さんは10時を過ぎたころ三々五々お帰りになった。
ムラサキコさんと二人だけになった後、お風呂を先に頂いて居間に戻ると、ムラサキコさんが食卓にいて置いておいた報告書を読んでいた。
ムラサキコさんが手にしていたのは引き取り手のなくなったケサさんの報告書だった。
ケサさんはあたしの目の前で燃え尽きてしまった。
ヒダルだった。ユウがそう言った。
夕霧太夫の言葉のすぐ会えるというのはああいう形であるはずがない。
あたしはケサさんをけちんぼ池に送ったんじゃなかったのか。
それともあれはただの夢だった?
ケサさんがヒダルだったから送れなかった?
報告書から目をあげたムラサキコさんが、
「どうだった? 驚いた?」
と唐突に聞いて来た。
あたしはケサさんのことが頭を過り、どう話せばいいか分からなくなった。
先日亡くなっケサさんらしきものがユウに殺された。
そんな話をすれば、頭がおかしい娘だと思われてしまうだろう。
あたしが答えに困っていると、
「ユウって子に会わなかったかい?」
とムラサキコさんが聞き直してきた。
「そっくりだったろう? クロエちゃんと」
普通に接していたけど、そういえばユウとあたしは外見がそっくりだった。
「あ、はい。そこはビックリでした」
「ちゃんと話はできたかい? あの子、変わってるから」
「はい」
「そっか。ならよかったよ」
そう言ったきりムラサキコさんはふたたび報告書に目をおとした。
ムラサキコさんは奥宮にユウがいると知ってたんだ。
奥宮に行くことになった時、ユウがいることをなんで予め話してくれなかったのだろう。
一緒に行くから会った時でいいと思ったのかもしれないけれど、それでも、どこか腑に落ちない気がした。
まるでケサさんのことも含めてユウとの遭遇が仕組まれていたかのようなそんな感じがした。
もし裏があったとしても、あたしはそれはそれでいいから、ユウのこと、夕霧太夫と伊左衛門の話こと、傀儡子のこと、今引っかかっているすべてのことをムラサキコさんに聞きたくなった。
ムラサキコさんならすべての疑問に答えてくれそうだったから。
でも、ムラサキコさんの横顔はそれをかたくなに拒んでいるようで、あたしは何も言うことが出来なかった。
◇
ユカリさん宅に戻って、これまでのことを整理した。いろいろなことが出来しているけど、何一つ分かっていない。
自分が一番分かっていないことが分かったくらいだ。
その中で気になっているのはユウの一言、
「答えは自分で見つけるしかない」
奥宮でユウは青墓へ探し物に行くって言ってた。
この間の青墓での死闘、そしてアワノナルトとして青墓を荒しまわったのもユウだとするなら、ユウの答えの見つけ方は、きっと青墓に関わることなんだと思う。
それがユウの方法だ。
じゃあ、あたしは? その方法は?
ある。
こう見えてもあたしはフィールドワーカーの端くれだ。
フィールドワークはそこにあることを認知するためのものじゃない。
普段は隠れた物事を、常識では見えて来ないものを抉り出すためのものだ。
だから、あたしはあたし自身をフィールドワークする。
(毎日2エピソード更新)
続きはこのあと21:10に公開します
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