「辻沢ノーツ 48」(傀儡子の業罪)
ユウが言うには、ケサさんはずっと前からひだるに憑りつかれていたのだそうだ。
最初に脳梗塞で倒れたあたりからだと言う。
「こいつはクロエに憑りつこうとしてた。死期の迫ったケサからクロエに乗り換えようとしたんだ」
ひだるは人の心の隙間から入り込んでその人に憑りつくという。
ユウは、ケサさんがあたしに何かしたかと聞いた。
詳しくは話せないけど二人に共通する話をしたとだけ説明すると、ユウは言った。
「夕霧太夫と伊左衛門の話をしたんだろ」
どうしてそれを? あれはあたしとケサさんだけの話だったはず。
驚いて二の句が継げないでいると、
「『夕霧物語』は憑りつくのにもってこいの話だからね。特にクロエのような子にはね」
「でも、あの話はすごく身近でリアルだった。まるで二人で思い出話をしているみたいだった」
「それはクロエがあの話の主だからだよ。ヒダルはそれを利用しただけ」
ケサさんはあの話を始める前に、これはあたしの話だと言っていた。
ユウはあたしの側に来ると、あたしの額に指をあてて説明しだした。
「ヒダルは人の深奥にある記憶から心に忍び込み、そこにある情念を鷲掴みにすることでその人に憑りつく。それは抗いようのない感情の絆を芽生えさせて自分とヒダルの区別をつかなくする方便なんだ。一度そうなったらヒダルに魂を取って代わられるまであっという間だ」
あの話を聞いた後、あたしは説明できない激しい感情をケサさんに抱いたのだった。
あれはヒダルの方便だった?
「でも語ったのはケサさんだった。あたしの話なら何でケサさんがあの話を知ってたの?」
「まあケサはもともと傀儡子だったわけだし、夕霧と伊左衛門の物語を知る術ならここにもあるからね」
とあたしの背後を指差した。
後ろを振り向くと鴨居の上に6枚の額絵馬が並んでいた。
漆塗りの黒い額縁に木目が目立つ地に、ところどころ塗料の剥げ落ちた素朴な感じの彩色絵が嵌っている。
それぞれの額絵馬が夕霧物語の場面を描いていた。
ゆびきり、楼閣炎上、塚荒らし、道行き、血を吸う夕霧、そしてけちんぼ池。
ケサさんが話をしてくれたあの時、あたしは確かにこの絵を生きていた。
あたしの心にざわざわと波が立った。
「ここが傀儡子神社っていわれる理由はこの絵馬にあるんだけど、どうしてだと思う」
わかるはずない。辻沢に傀儡子神社があることすらエリさんから聞いたばっかりだもの。
「傀儡子は人と異なるわけでもないし特別な能力があるわけでもない。ボクだってそうだしクロエだってそうだろ?」
「え? あたしも傀儡子前提なの?」
「クロエはこの絵馬に見覚えあるだろ?」
「うん。絵馬の内容を知ってるどころか」
あたしの心の奥深くに焼き付いているんじゃないか?
「でしょ。つまり傀儡子かどうかはこの絵の記憶があるかどうかなんだ。昔は傀儡子の疑いのある子はここに連れて来られてこの絵を見せられる。そして覚えていれば傀儡子と決められて四ツ辻に置き去りにされるか縊り殺された」
「どうしてそんな目に?」
「多分、いずれヒダルになるからかも」
あたしがあの気味の悪い生き物に?
「傀儡子はみんないつかヒダルになるの? あたしやユウも?」
「ならない場合もあるみたい。夕霧太夫に導かれれば、ヒダルにならず後生に転生できる、らしい」
「らしい?」
「後生に転生って、ウケる」
たしかに後生って何? 転生? 草生える、だよな。
「傀儡子はヒダルになる可能性のほうが高い?」
「それも笑なんだけど、実際にケサみたいなの見るとね。やっぱ悩む」
「いったい傀儡子って何なの?」
ユウは腕組みをしたまま困ったような表情で、
「ボクは知らない。夕霧太夫なら答えを知ってるかもだけど」
(またすぐ会える)
夕霧太夫が耳もとで囁いたような気がした。
「でも夕霧太夫が誰か分からない以上、答えは自分で見つけるしかないんだよ」
答えを見つける? いったいどうやって。
すがるような気持ちでユウを見たせいか、ユウはあたしから目を逸らせた。
そしてロングスギコギを床から引き抜くと、
「そろそろ行こうか?」
とぼそっと言った。
「どこへ?」
「青墓」
「何しに?」
「探し物」
(毎日2エピソード更新)
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