「辻沢ノーツ 40」(ケサさんのお通夜で)
傀儡子神社へ行こうと思って準備していたら、ユカリさん宅の電話にムラサキコさんからお知らせがあった。
ケサさんが昨晩脳梗塞の発作で倒れて、そのまま息を引き取ったのだそう。
ようやく絆が深まった矢先のことだったので、とても驚いた。
そして、ムラサキコさんから今夜のお通夜に出て欲しいと頼まれた。
ずいぶん早いと思うが、辻沢は人が亡くなるとなるべく早くお葬式をするのだそう。
それもヴァンパイア伝承が関わっているとかいないとか。
もしもの時用のリクルートスーツに黒ストッキングで行くことにする。
ミヤミユにもメッセージ。すぐに返事が返ってきて通夜はパスだけど明日のお葬式には行くからと言ってくれた。
夕方までに準備をして雨が降る中、西山方面行の辻バスに飛び乗った。
雨が降る山道をバスがゆっくりと登って行く。
山の中は既に暗く、道をよぎる即席の川がヘッドライトに何度も照らされていた。
バスは30分も遅延している。通夜の時間はとうに過ぎていた。
〈次は四ツ辻公民館です。わがちをふふめくぐつらや、地獄の門前、四ツ辻へようこそ〉
アナウンス、いつになくふてくされて感じる。
(ゴリゴリーン)
お通夜の会場はインタビューに使っていた公民館だった。
玄関を入ると、いつもはゴム靴やあかるい色のサンダルが脱いであった所に、今日は黒い靴ばかりが並んでいる。
部屋の中は湿気のせいかヒヤッとしていた。
線香の匂いで去年のおばあちゃんのお葬式を思い出す。
おばあちゃんはあたしがバイトで外出しているときに倒れて、帰ったらもう冷たくなってた。
キッチンのシンクの前に横向きに倒れていて、肩を揺すってみたけどぴくりとも動かなかった。
この世でたった一人の身内のおばあちゃんが死んだ。
あたしはパニックになって、途方に暮れてしまって、どうするかも思いつかなくなって。
電気もつけないまま、おばあちゃんがいつか動き出すんじゃないかって、隣の部屋に蹲ってじっと見守った。
明け方に一度、おばあちゃんが動いたような気がしてキッチンに見に行ったら、それは気のせいで、やっぱり帰って来たときと変わらなかった。
それからも眠らずにおばあちゃんの動かない背中を見つめて過ごした。
そのまま昼になって、そうしたらフジミユから授業どうしたって連絡が来て、訳を話したら急いで来てくれて。
それから警察のこととか葬儀屋のこととか区役所のこととか、いろいろ仕切ってもらって、なんとかお葬式を出すことができた。
お墓はまだで、御骨はおばあちゃんの部屋のタンスの上に置いてある。
そのときの動揺が未だに消えていないのに、こうして新しく知り合った人と別れなければならないのがつらい。
皆さんにお話を聞かせていただいた20畳の部屋が斎場だった。
青白の幔幕で覆われていて、奥に祭壇が設えられてある。
そこに桶型の棺があって献花の類はなく青い実がたくさん付いた山椒の切り枝で盛大に飾られてあった。
窓際に黒白の紐と舟形の装飾がされた台車が立掛けてあるのは棺桶を運ぶ用だろう。
つい調査目線で見てしまう。
こんなときなのに自分が、すこし嫌になった。
ケサさんとはまだ関係が蜜というわけではなかったので一般の弔問客として参列しお線香をあげさせてもらう。
すでにケサさんのご遺体は棺桶の中にあって蓋が麻ひもで十字にしっかりと結わえられていた。
参列者にお顔を拝ませないのは四ツ辻の風習なのだそう。
お坊さんが来られてお経を上げ終わったので、振舞いご飯は頂かずに帰ろうとしたらムラサキコさんに呼び止めらた。
「棺守りの役、お願いできませんか?」
夜通し線香を継ぐ役のことだ。ケサさんの若い知り合いはあなただけだからと言われた。
「ひだる様に攫われないように」
とも。
通夜も終わり弔問客が一人一人いなくなってゆく。
最後のムラサキコさんが帰る際、公民館に残るあたしに、眠たくなったら夜具を用意してあるから、隣の休憩室で休んでねと言ってくださった。
休憩室を見に行くと3畳ほどの和室で布団一式に白いパーカーとジャージが畳んで置いてあった。
パーカーは着替えに用意してくれたらしい。あたしはスーツを脱いでそれに着替えると、ミヤミユにメッセージした。
[ クロ(こっち泊まる)
ミヤ(どした?)
クロ(線香継ぐ役、仰せつかった)
ミヤ(おめでとー ラポールの印だ)
クロ(ガンバル)
ミヤ(ガンバレ)]
ラポール(調査協力者との信頼関係)では言い表せない繋がりが、ケサさんとの間にはあったのだと今になって思う。
あたしだけの夢と思っていた夕霧の物語をケサさんと共有できたのだから。
夜通し見守るのが通夜だろうけど、とはいえご遺体と同じ部屋にずっといるのは気味が悪い。
だから線香を継ぐときだけにしてそれ以外はこっちの休憩室で横になっていることにする。
時計を見るともう1時を回っていて、外は雨も止み虫の声が微かに聞こえるだけで異様に静かだった。
少しうとうととしたらしい。
線香を継ぎに休憩室を出て斎場に入る。
棺桶のもとに行くと線香が消えてしまっていた。
線香の束をほどき準備をしながらケサさんとの約束を思い出していた。
夕霧の話を語り終えたあとケサさんは娘さんの死について詳しく語ってくれた。
娘さんはインタビューでは事故死と言っていたが真相は何者かに殺されたということだった。
「クロエもきっとあの子のように仲間になれと誘われることがあるだろう。だが絶対について行ってはいけない。それはクロエを地獄へ誘うことになるから」
その時はピンとこなかったけれど、今思えばユウのことを言っていたようだった。
ユウがあたしを地獄へと誘う?
つまりあたしを殺そうと企んでいる。
会って間もないのにそんなことあるだろうか?
線香に火をつける。辻沢の線香は山椒の粉が配分されているとかで、普通のものよりも少し刺激的な香りがする。
あたしは気持ちが安らぐし好きな香りだ。
突然、外で何かを破壊する音がした。背筋に冷たいものが走る。
おトイレのある廊下の奥の方。ここは見に行くべきだろうか?
映画とかだと死亡フラグ、レベル5くらいだ。行かんだろ、フツーは。
足音? 誰か来る。
ドアの鍵、閉めた方がいいかな。
でも棺桶と一緒に閉じ込められるのは嫌だ。
どうしよう。窓開ける?
まって、ドアのノブが回った。入ってくる気?
少し開いたドアの隙間から角刈りの頭がぬっと入って来た。
そしてこちらを濁った目玉でねめつけてきたのは、
寸劇さん?
巨体をこじ入れるように部屋の中に侵入してくる。
その姿はあたしの知ってる強いけど優しい寸劇さんではなかった。
顔は青白く黒い血管を浮き上がらせ金色の瞳は虚ろ、口から血泡を吹き銀色の牙が唇を突き破って鈍い光を放っていた。
白タンクトップは、引きちぎれ赤黒く汚れた分厚い胸板に一握りはある棒が突き刺さっている。
その棒の先端はへし折られ、その片側らしき棒が右手に硬く握られていた。
寸劇さん、ゾンビになっちゃったんだ。
こんばんはって言っても通じなさそう。
あたし逃げ場なし。
ケサさん助けて。棺桶の陰に隠れるしかなかった。
寸劇・Zはゆっくりとあたしが確れている棺桶の所まで来た。
そして両手を広げると棺桶を抱えあげて窓際にどけた。
次はあたしの番。
と思ったら、窓際の台車に棺桶を乗せると台車についた紐を曳いてドアに向かった。
遺体泥棒?
寸劇・Zがドアの前でいったん止まると自然にドアが開く。
ドアの向こうに見えたのは髭のサダムさん。
もちろんゾンビ。
さらにその向こうにはサーリフくん・Zが控えているに違いない。
「Wiped out(壊滅)」ってこういうことだったの?
(毎日2エピソード更新)
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