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辻沢のアルゴノーツ ~傀儡子のエニシは地獄逝き~  作者: たけりゅぬ
第一部 ノタクロエのフィールドノート

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『夕霧物語』「夕霧太夫が道行き、ご覧じ候らえ」

 遊里を後にして、あたしとまめぞうらは、夕霧太夫をひとまず傀儡子神社に運んだ。


あたしは、近くの清流から汲んできた水で煤まみれの夕霧太夫のお体を洗った。


全身を新しい麻布で巻きなおし、火事場で集めておいた焼け残りの着物を着せて祭壇に寝かせた。


そうやって神なき社殿に安置された太夫の姿はすでに人ではなかった。


 髪はなく顔は焼けただれ耳目も男女すらも分からないほどの火傷を負い、全身滲みだす血膿が止まらない。


さらに手足はおかしな方向にねじ曲がり引きつり硬直して動かすことが出来なくなっていた。


それでもかすかに息をしている。


鼻のあったところに開いたほんの小さな穴から、すーすーと息をする音がする。


あたしの最初の仕事はその穴が血膿でふさがらぬようにきれいにすることだった。


夕霧太夫がこのお姿で命をつないでいる。


その不思議さにあたしも驚いたが、もっと驚いたのはまめぞうたちだった。


あたしがお世話をしていると社殿の外からのぞいていて、なにかあるごとにどよめきに似た声を上げていた。


まめぞうたちも最初は化け物を見るような態度で遠巻きにしていたのだったが、そのうち、社殿の中に入って来てしげしげと夕霧太夫の様子をながめるようになった。


しまいには三人ともが夕霧太夫のことを畏怖の表情で見るようになっていった。


 ある日のこと。


笈籠を背負い、長い藁苞を手にした聖が宿を借りたいと神社に立ち寄った。


聖を社殿に招き入れると、祭壇の上の夕霧太夫を見て、


「この者を早々に連れて行ってやらねばならぬ」


 と言う。


「どちらへ」


 と問うと、


「青墓へ」


 詳しく聞くと、


「青墓のけちんぼ池の水に浸せば必ず直る」


 夕霧太夫とのお約束で青墓へ行くことは決まっていたが、出立できないのは遊里のごろつきどもがまた襲ってこないともわからなかったからだった。


「人目に付かずに行くのにはどうしたらよいでしょうか」


 と言うと、聖は笈籠から反物にしつらえた布と太筆一式を出し、社殿の床で何やら書をしたため始めた。


そして、それを書き上げると、


「これを掲げてまいれ、悪いようにはならん」


 と言って渡されたのが、


――ゆうきりたゆうかみちゆき こらうしそうらへ 遊行上人


 と書かれた幟だった。


「夕霧太夫が道行き ご覧じ候らえ」


とは、お店の男衆が道行き興行のおりに触れ回る口上だった。


 そして、


「お前ひとりでは荷が重かろう。この者たちにも同行させなさい」


 と言って、藁苞を解くと中から形の変わった刀を3本取り出し、まめぞうたちの前に置いた。


まめぞうはしばらくそれを眺めていたが、獅子の柄の一振りを手にすると、その鞘を抜きはらって両手で持った。


そして社殿から出て行くように促すと、上体をくねらせる奇妙な動きで振り回し始めた。


まめぞうの分厚い筋肉がビシビシと鳴り、大きな上半身が風を起こし、社殿の根太をぐらぐらと揺らす。


まめぞうはさらに刀をしならせながらびゅんびゅんと振り回し、これ以上は社殿がもたないとなったころ、その蛇のように曲がった刀身をゆっくりと鞘に収め、莞爾と笑って上人に向かって大きく頷いた。


 青墓への夕霧太夫が道行は、こうしてまめぞう、さだきち、りすけの3人を加え、同行五人となったのだった。


その刀が大食国伝来の新月刀だということは後になって知った。



 浜に打ち上げられ、夕霧太夫のお情けで捨てた命をはかなくも繋いだ後も、磯の匂いがずっと体に纏わりついて取れなかった。


しつこい匂いは体の芯まで沁み込んで、息や涙や汗や小便にまで混じって、いつまでもあたしのことをなぶり続けた。


 あの夜、あたしは荒れ狂う海に身を投げた。


人から蔑まれて疎まれて生きる苦しみが嫌になって、暗い海に飛び込んだ。


何度も何度も波に煽られて、何度も何度も塩辛い水を飲んで、それでも沈まず浮きもせずに、海を延々と漂っていた。


あのまま死ねればよかったのに、海の藻屑になれればよかったのに、でも海神(わたつみ)様はあたしのことを決して受け入れては下さらなかった。



「伊左衛門や。また、あのことを思い出したか?」


 夕霧太夫のお声で我に返る。見ると太夫は心なしかこちらに首を傾がせているようでもある。


でも、今の太夫はしゃべれない。あたしはきっと幻を聴いたのだ。


「いいえ、とんでもございません」


 他の者には聞こえないように小声で応える。あたしの声に太夫が頷いたように見えたのもやはり気のせいなのだった。


 土車の上の太夫は耳も聞こえない。目も見えない。物も口にしないし、歩けもしない。


時々あたしの指をねぶって赤子のように血をすする時があるが、それが唯一の命の綱のようだった。


 全身焼け焦げ血膿が滲んだ衣を纏い、まるで赤黒い襤褸を巻いた朽木のように土車に端坐している。


あたしはその土車を太夫の後ろになって、もう何日も押し続けている。


 夕霧太夫を乗せるこの土車は、青墓への道行きのため廃材を寄せ集めて作った。


一枚の板に太夫をもたせかける衝立と、丸太を切って四ツ車を履かせる。


前を三角の木材で飾ったのは、あたしの意匠だった。


出発の地となった傀儡子神社の、湿地に沈む舟形を模したのだ。


それは荒波のような道行の困難を乗り越えられるよう祈ってのこと。


上人様に頂いた幟を結わえつけ、さらに三本の真っ赤に染めた麻紐を繋げ、まめぞう、さだきち、りすけの男たちが曳くのだ。


 太夫の旅の装いは、拾った着物で一番いいものを頭から被せ、胴の所に赤い帯を巻いてそれを土車に結わえつけ倒れぬようにし、引きつって握ったままの掌をこじ開けて印のサンゴの簪を握らせてある。


 阿波の鳴門屋が焼き討ちされてからちょうど半年、この出で立ちで青墓の杜に向かって出発した。


街道一の名妓、夕霧太夫と禿(かむろ)の伊左衛門、まめぞう、さだきち、りすけの三人の従者。あわせて同行五人。


まめぞうは「おてんとさまの油注ぎ」と言われるほどの大男。


大きいからと言って木偶ではなく、胸板が鎮守の大銀杏のように隆起して引き締まり、そこらの博打うちなら一度に十人相手にできるほど。それで頭が軒の上にあるのだ。


だれがこの大男に逆らえよう。


そして、さだきちは背は小さいが立派な髭を蓄えた侍のような風体。


筋骨はできあがってなかなかに強い。


りすけはまだ表情に幼さの残る若い男だが、動きがすばやく機転が利く。


どれも大食という国から来た奴隷で、太夫が人買いから買ってお座敷に侍らせていた者たち。


阿波の鳴門屋がなくなった今、本当はしばりのない身なのに太夫の土車を曳いてくれている。


 遊里を出た時の騒動が街道に知れ渡り、あたしの人目に付かぬようにという願いとは裏腹に、夕霧太夫の道行きは街道に知れ渡っていた。


――ゆうきりたゆうかみちゆき こらうしそうらへ


 車に結わえつけた幟の文字に、往来に集まった衆生が驚嘆の声を上げる。

 

「これが、夕霧太夫の成れの果て」


「因果よのう」


「業深い女の末路よ」


 あるものは一文二文と銭を投げ、あるものは一つ二つと石の礫を投げつける。


身じろぎもできず人の所業を受け入れるしかない今の太夫の有様だ。


夕霧太夫の本来の美しさを知ったら、どいつもこいつも目を見張って驚くだろうのに。


あたしは悔しくてたまらない。


それでも土車を押して行き、


きっと青墓の杜のけちんぼ池で、あのお美しい夕霧太夫に戻っていただくのだ。

(毎日2エピソード更新)


『夕霧物語』は明日(11/17)の2エピソードで完結します


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この続きは明日21:00公開です


よろしくお願いいたします(*ᴗˬᴗ)⁾⁾⁾


たけりゅぬ

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