「辻沢ノーツ 35」(地下道のミヤミユ)
追放されたと思っていたユカリさん宅に戻れることになった。
これでヤオマンホテルに帰らなくてよくなったけれど、黙って出てきてしまったのでミヤミユには連絡しておこうと思った。
「友だちに連絡したいんですけど、お電話お借りできますか?」
荷物は全部戻って来たけれどスマホとお財布は出てきていなかった。
リビングの電話からヤオマンホテル・大曲に掛けた。
「905号につないでください」
「905号ですか? どちらさまでしょうか?」
「小宮ミユウの友だちで、ノタクロエと言います」
電話の向こうでざわつく気配があってから、
「ノタクロエ様 すみませんが、こちらに宿泊されている小宮ミユウ様をご存じならば、そちらからご連絡していただきたいのですが。
十日ほどお戻りになられない様子なので。
いえ、月末までお代はいただいて、そちらは問題ないのです。
お部屋のお掃除をさせていただきたいと思いまして」
どういうこと?
あたしはユカリさんに事情を説明して、ミヤミユのホテルに戻ることにした。
辻バスはタイミングよく来て、すぐにバイパスを走りだした。
ミヤミユが戻ってないってどういうことだろう。
じゃあ、昼にあの部屋にいたのは誰? まさかフジミユがミヤミユに化けてた? なわけ。
〈次はバイパス大曲交差点。ヤオマンホテル・大曲へお越しの方はこちらでお降りください〉
(ゴリゴリーン)
すでに陽は落ちて辺りは暗くなっていた。
街灯の明かりが地下道の入り口を照らしていた。
バイパスを渡るため地下道に下りる。
中の電灯は暗く向こうの出口まで見通しがきかない。
それに昼の時には気付かなかった変な臭いもしていた。
地下道が交差する左手から何かが唸るような音がしていてやな感じしかしない。
でも、ここを通らないとミヤミユのホテルに行けないから、怖いけど横道と交差するところを走って通り過ぎた。
その一瞬、暗闇の中の人影を目の端に捉えた。
特徴的なパーカーを着ていた。
でも、それは見なかったことにして、急ぎ足で出口に向かう。
階段を上りかけたとき、
「クロエ」
背中であたしの名を呼ぶ声がした。
地の底から聞こえてくるようだったけど、ミヤミユの声に似ている気がした。
「クロエ、あたしたち友だちだよね」
振り向きたかった。でも振り向かなかった。
どうしてそうしたかわからないけど、ここは振り向いちゃいけない、このまま立ち去らなきゃって思った。
だから猛ダッシュした。
全速力で駆けて階段を昇り、外の歩道に出た。
声の主が追いかけてくる気配はなかった。
恐る恐る振り向いて見たけど階段には誰もいなかった。
フロントを通さないで直接エレベーターホールに向かった。
エレベーターを降りて赤い絨毯が敷かれた暗い廊下を歩き、ドアをノックした。
返事を待つ間ドキドキした。
なんでドキドキしているか、よく分からなかった。
部屋のドアが開いて中から黄色いカレー☆パンマンのパーカーを着たミヤミユが顔を出した。
地下道の人影を思い出した。
「どこ行ってた?」
「ごめん」
部屋の中はむっとして暑くて先に立って歩くミヤミユは首筋に汗をかいていた。
部屋の奥の暗がりを見てドキッとした。
何かいると思ったけど、人の大きさの山椒の植木だった。
ミヤミユに電話のことを話すと、
「部屋の中の植木見られたらまずいと思ってさ、掃除入られないようにしてたんだよね」
ホテルとも話がついたと言った。
昼間勝手に外出したことを謝った。
それとユカリさんのお宅に行ったら荷物が戻っていて向うに帰ろうと思ってることも。
「よかったじゃん。それじゃあ、ベースキャンプはあっちに? ここじゃ、だめ? 気がねなくてよくない?」
「うん。そうだけど、向うの方も是非にって言ってくださってるから」
「わかった。十分気を付けてね。変なのがうろついてるから」
さっきの地下道のことが喉からでそうになったけど、それは呑み込んだ。
このミヤミユに言うことではない気がしたから。
ユカリさんのお宅に電話して、少し遅くなることと夕食はこっちですることを告げた。
二人でおしゃべりをしながら昼間に残したコンビニごはんを食べた。
それからTVで『ジャイアント・サミット K2』という特番を観た。
世界で2番目に高いK2登山を追ったドキュメントで、クライマーの体にアクションカメラを付けて登攀する映像で構成されていた。
その迫力にあたしも圧倒されたし、山登りに興味のないミヤミユがくぎ付けになるのも無理ないなと思った。
番組が終わったら9時を回ってたので帰ることにした。
バイパスのバス停で時間を過ごすのはいやだから、フロントでタクシーを呼んでもらった。
「じゃあ、ミヤミユも気を付けてね」
変なのがうろついてるから。
「うん。ありがとう。コマメに連絡とろ。そっか、スマホは?」
「ない。サキが知ってないかな?」
「聞いといてあげるよ」
「お願い。それと今度またひさご以外のところで飲もうって」
「了解。伝えとく」
タクシーが来た。中に乗り込むと山椒フレーバーの消臭剤の匂いがした。
「ミヤミユ、あたしね。さっき」
言いかけてやめた。ミヤミユにミヤミユに会ったなんて言えなかった。
「何?」
タクシーのドアが閉まった。
「なんでもない」
ミヤミユはタクシーがバイパスに入るまでホテルの前で見送っててくれた。
バイバイ。ミヤミユ。
なぜかもう二度とミヤミユと会えない気がした。
こんな気持ちのまま、明日から四ツ辻の調査に戻らなければいけないなんて。
(毎日2エピソード更新)
続きの「辻沢ノーツ 36」はこのあと21:10に公開します
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