「辻沢ノーツ 34」(やっぱりユカリさん宅へ)
ミヤミユにホテルに呼ばれて久しぶりに会えた。
サキがいなくなったなんて言うから心配してたけど、ちょっと痩せたくらいで元気そうだった。
あたしは、シャワーを使わせてもらって昨晩のスレイヤー・Rで汚れた体を洗い流してすっきりした。
綺麗な着替えまで借りてほっと一息ついていたら、ドアの鍵を開ける音がした。
お昼のご飯を近くのコンビニに買いに出たミヤミユが戻って来たのだった。
「下着買って来たよ。サイズはMでよかったよね」
二日履いたショーツ。マジ替えたかった。ありがとう、ホントに。
大きなコンビニ袋には食料がたくさん入ってた。
海苔なし塩おにぎりがいくつか。
温玉とろとろつゆだく牛丼。
辻沢定番の山椒風味のポテチ。
お茶のペットボトルまで。
こんなことしてもらって申し訳ない。
「ごめんね。一旦東京帰ってお金取って来るから」
お財布なくしたのは致命的。
調査を一旦切り上げるしかないレベル。
帰りの電車代だけは融通してもらわないとだけど。
「そんなこと気にしないでいいよ。
お金ならあとで返してくれればいいから。
部屋もツインに変えてもらって一緒に調査続けよ。ここ町役場が支援してくれてて安いんだよ」
そう言ってもらえるのはありがたいけど、あたしの手元には調査道具一式がない。
半月をかけて採録した四ツ辻の皆さんのお話が入ったハードディスクも、書き留めたあたしの『辻沢ノート』も、それを作成していたモバイルPCもなくなってしまった。
ユウに会えたら、PCは戻ってくるから『辻沢ノーツ』は書き継ぐことができるかもだけど、スマホをなくした今となっては連絡のしようがなかった。
ミヤミユが塩おにぎりの包装をとって、あたしに差し出してくれながら、
「サキ、納得してた。クロエに謝っといてって。電話する?」
サキとは話をしておいたがいいとは思ったけど、今、話をしてもわだかまりが取れるとはどうしても思えなかった。
「今はいいや。スマホ戻ったらメッセージする」
ついでにおにぎりも断ったら、
「そう」
と言ってミヤミユはそれを自分で食べた。
あたしはお茶のペットボトルをもらって口に含む。
口の中が嫌な味がしてどうしても吐き出したくなった。
「そうだ。歯磨き、フロントでもらったの洗面に置いてあるよ」
いたりつくせり。
口にお茶を含んだまま洗面に行き、それを吐き出した。
お茶とは思えないようなドロドロした液体が洗面にぶちまけられた。
口の中に指を入れてみると、奥歯がぐらぐらしていて血の味がした。
おそらく昨日やられたのだろう。散々だった。
洗面についた赤い飛沫を丁寧に洗い流して部屋に戻ると、温玉とろとろつゆだく牛丼を勧めてくれた。
せっかくだったけど、血の味がしそうなのでそれを断った。それにさほどお腹も空いてない。
結局ミヤミユだけ食べて、残りは備え付けの冷蔵庫にしまってた。
「用があったんだよね」
ベッドに寝そべって山椒風味のポテチをパリパリしながらTVを観ているミヤミユに話しかけると、
「顔見たかっただけだよ」
と言った。
そうなんだ。
どうやってあたしがあのホテルにいるって知ったかは聞かないことにした。
ミヤミユは、農作業のお手伝いがあるからと、お昼ご飯を食べたら出かけると言う。
「今日は掃除は入らないから。誰か来ても開けなくていいからね」
とのことだったので、疲れてもいたし休ませてもらうことにしてドアのところで見送った。
今日は5時には戻るから部屋にいて、久しぶりに一緒に夕ご飯しようって言われた。
ミヤミユが出て少ししたら部屋の電話が鳴った。
外線のマークが光っていた。受話器を取ると、
「窓の外見て」
ミヤミユの声だった。
部屋の窓から下を見ると坂の途中でミヤミユが手を振っていた。
「絶対外出しないでね」
念を押された。
ベッドでTVを観ながらゴロゴロ一時間経って、やっぱり外出することにして部屋を出た。
戻ることは許されないのかユカリさんに会って確かめたかったから。
鍵はミヤミユが持って出てたので、フロントを通らずに外階段から出た。
そのままバイパスまで歩いて行って辻沢駅行きのバスが来るのを待つ。
しばらくしてバイパスの大きなカーブを辻バスが車体を傾けながらやって来た。
「西廓3丁目まで」
(ゴリゴリーン)
バイパスから街に入り宮木野神社を過ぎて3つ目がユカリさん宅の最寄りのバス停だった。
バスを降りて少し高台の方向に坂道を歩いていくと、やがて門や石垣、植え込みが立派な町並みになる。
坂を上り切ったところのお屋敷の2階のテラスで大きな犬が猛烈に吠えていて、それに気を取られているうちにユカリさん宅の門の前に来ていた。
ユカリさん宅は前と変わりないように見えた。
呼び鈴を鳴らす。
(ゴリゴリーン)
返事がない。
もう一度、ゴリゴ、
〈はい、どちらさまでしょうか?〉
ユカリさんでも、お嬢さんでもない女性の声だった。
「ノタクロエと申しますが」
〈ノタクロエ様。お帰りなさいませ。ただ今門をお開けしますので、少々お待ちください〉
聞き慣れた、くぐもった音を立てて門が開いた。
白いスロープが屋敷の中にあたしを誘っているように見えた。
玄関で出迎えてくれたのは、まったく見たことにない女性でここの家政婦だと言う。
「すみません。あたしのことをご存知ですか?」
「以前から存じておりますよ。奥様からノタクロエ様が戻られたらお部屋にお通しするように言われています」
じゃあ、この人が見えない家政婦さん?
「いつもお食事をご用意いただきありがとうございました。とってもおいしかったです」
「いえいえ、たくさん食べていただいてやりがいがありましたのよ。こちらの皆様はどなたも食が細くていらっしゃるものですから。お坊ちゃまなど、あのご様子でしょう。本当になにもしてあげられなくって」
やっぱりそうだ。結構しゃべる人だったんだな。
品があってどことなくユカリさんにも似てるから身内の人なのかも。
総じてこの家の人はキレイってことで。
前いた部屋に案内された。
部屋の様子も元のままで、しかもびっくりしたことにユウが持ち去ったはずのあたしの荷物がベッドの横に置いてあった。
一人になってから何かなくなった物はないか開けて見た。
大急ぎで荷造りしたので中は元からぐちゃぐちゃだったけど、見た感じ全部ありそうだった。
モバイルPCもあって、ハードディスクの内容も変わりなさそう。
それと、カバンの底に隠しておいた予備の現金も無事。
これでミヤミユに迷惑を掛けずに調査を続けられる。
夕方になってユカリさんが戻られて、
「この間は申し訳なかったですね。
長男のことになると私も取り乱してしまって。
あのあとすぐにあの子も落ち着いて、あなたをホテルに呼びにやったんですけど、フロントに行き先は分からないと言われて困っていましたのよ」
「あたしの荷物はどうしてここに?」
「いえ、それがね。次の日の朝だったかしら、門を開けたら外に置いてあったとかで、ねえ、そうでしょ」
「はい奥様。ハイヤーが積み忘れたのかと」
「そんなはずないじゃない。何かの事情があって荷物だけ持って帰って来たんだろう、だから、あなたはきっと戻っておいでだと思って部屋に上げておいたのです」
「そうですか」
「不愉快な思いをさせましたのに、こんなことを申し上げるのもなんですが、予定通りに夏のおわりまでいらしてくださいね」
予備のお金があるにしろ、ミヤミユの所にいれば生活費が余計にかかる。
だから少しズーズーしいとは思ったけれどユカリさんのお言葉は渡りに船だった。
何より、あたしはまた四ツ辻のフィールドに戻りたい。
「ありがとうございます。大変助かります」
明日からここを拠点に調査を再開できる。
さっそくミヤミユに連絡しなきゃだ。
(毎日2エピソード更新)
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