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辻沢のアルゴノーツ ~傀儡子のエニシは地獄逝き~  作者: たけりゅぬ
第一部 ノタクロエのフィールドノート

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「辻沢ノーツ 29」(青墓の死闘)

 日が落ちて漆黒の闇に包まれた青墓の杜はパーカーでも寒いくらいだった。


一足歩むごとに地面を覆った朽葉がグニュグニュする。


ヘッドランプの明かりが届かない樹木の奥の暗黒から何かがこちらを見ているようで気味が悪い。


 ユウはすぐ後ろでロングスリコギを杖にして歩きながら鼻歌を歌っている。


あたしが見ていることに気づくと、


「大丈夫。なんとかなるよ」


頼りになる存在。ユウにそう言われると、ほんとにそんな気がしてくるから不思議だ。


前を行く寸劇さんの背中はびっくりするほど巨大だけど、頼りがいと言ったらユウのほうが数倍うえのような気がした。


「停止!」


 寸劇さんが右手を上げて行進を停めた。


そしてその場にしゃがむと地面に落ちていた布を拾い上げた。


「団長、どうしました?」


 後方のサダムさんが寸劇さんのもとに駆け寄って尋ねた。


「すでにやられた奴がいるらしい」


 手にした布をサダムさんに渡した。


それを見てサーリフくんの喉が鳴る音が聞こえた。


あたしのところに回ってきたその布は、大きな力で引き千切られたもののようで相当量の血がこびりついていた。


元の持ち主は怪我で済んだのだろうか。それとも。


「警戒レベル5。防護隊形」


 寸劇さんを先頭に、あたしとユウを中に、左後ろにサーリフくん、右にサダムさんという隊形になった。


「もし当団員に危険が及んだ時は、あんたらを見捨てるが悪く思わんでくれ」


「オケ」


 ユウが返事をする。


あたしは水平リーベ棒が汗で滑りそうになるほど緊張しているのに、ユウは肩にロングスリコギを担いで涼しげな顔だった。


 しばらく森の獣道のようなところを進んでいると、前に注意を向けたままの寸劇さんがユウに向かって言った。


「ユウギリさん。つかぬことを聞くが、君は青墓に何度か来たことがあるのかい?」


「ないよ。なんで?」


「いや、ないならいい。サダム、ユウギリさんの横に付いてくれ。彼女がオレの誘導から反れないように」


 そうやって30分くらいウロウロと森の中を彷徨った。


どこをどう歩いているのか。立ち止まる度に地図を見せられたけど、あたしにはまったく分からない。


もし、はぐれて一人になったらと思うとどうにかなりそうだった。


 進行方向の草むらがガサガサと鳴った。


一瞬で旅団に緊張が走る。


皆が身構えていると、草むらから胴の長い小動物が飛び出て来てライトに照らし出された。


その小動物は目の前の道を横切ると、太い木にスルスルと登って見えなくなった。


ユウ以外のみんながそれを目で追ってしばしの間、呆けていたように佇んでいた。


「ハクビシンだ」


 寸劇さんが口にした途端にみんなの緊張が一気に解けた。


そして、誰かの腹が鳴る音が聞こえた。


そのせいでさらに虚脱してしまって、あたしが「もう」と言うと、サダムさんが突然笑いだした。


それにつられてサーリフくんが笑い。あたしもなんだかおかしくなって、一緒に笑い出してしまった。


寸劇さんはそれをしばらく難しい顔をして見ていたけど、ガハっと言って肩を大きく揺すると一緒になって笑い出した。


あたしたちはそのまま笑いが止まらなくなって、しばらくそこでヒーヒーとなっていた。


そんな中でも、ユウはすました顔をしていて、どこか別の世界に生きているようだった。


 笑いの輪が収まってしばらくして、寸劇さんが右手を上げた。


「隊列!」


 サーリフくんが口を引き締めてあたしの右に付く。


サダムさんはユウの横だ。


しばらくそこでじっとしていると、ハクビシンが来た左手のほうから人の叫び声がした。


そして、何かが草むらを突っ切ってくる音。


みんながそれぞれの武器を構えてそれを待ち構える。


やがて道に飛び出てヘッドランプに照らされたのは一人の男だった。


その男はTシャツの前を真っ赤に染め、手には何も持っていなかった。男はライトの光に眩しそうな顔を向けて、


「逃げろ! 死ぬぞ!」


 と叫んだかと思うと、反対側の草むらに飛び込んで行った。


何かが、人間とは違う何かが、森の暗闇をこちらに近づいてくる気配がする。


それもかなりの数。段々とこちらに寄せてくるその物たち。


そして、ちょうどヘッドランプの光が届かなくなる闇の際でそれらの動きが停まった。


沢山の得体の知れない物が暗闇の境にうごめいている。


寸劇さんのヘッドランプがその中の一匹を照らした。


坊主頭に詰襟姿。体形はハンプティー・ダンプティーのえぐい鎌爪。


それは先ほど寸劇さんに教えてもらった改・ドラキュラだった。


思った以上にデカい。寸劇さんの背丈を越えてるかもしれない。


それにキャラシートのようにキレイな顔はしていなかった。


まるで地獄からの使者のようにおぞましかった。


 金色の目は虚ろで、口からは鋭くとがった牙が飛び出し、泡状になった赤黒いよだれをしたたらせていた。


その隣はカーミラ・亜種だ。


三つ編みのセーラー服姿。白いはずの胸元は赤黒く染められ、鋭く尖った五本の爪は巨大な枝切バサミのようで、そこに付着しているのはおそらく血糊だろう。


それら改・ドラキュラとカーミラ・亜種とが集団で荒い息を吐きながら間合いを詰めてくる。


寸劇さんが背中の得物を手にして鞘を払う。


それはライトの中で怪しく光り、敵との間に蛇のような刀身を晒した。


「その刀って」


 あたしはその刀を見たことある気がした。


「シャムシール、新月刀ともいう。奴らの喉を刎ねるにいい。先祖が傀儡子(くぐつ)という女から伝授された」


 え? 傀儡子って言ったよね。

 

ユウが会わせるって言った傀儡子と関係ある?


でも質問する暇などなかった。


寸劇さんは地面を蹴って茂みの中に飛び込んで行ったから。


 寸劇さんはまず、シャムシールを両手で握って上体をくねらせ一人で目前の改・ドラキュラ2匹とカーミラ・亜種を斬り倒した。


そして、振り向くと、


「サーリフ、右! サダム! 後ろだ!」


 と叫びながら飛び戻り、あたしの前に立ちふさがって、改・ドラキュラの一撃を受け止めた。


「突け!」


 あたしは自分が水平リーベ棒を手にしているのを思い出し、目をつぶったままそれを前方に突き上げた。


鈍い音がして生暖かい液体があたしの全身に降りかかる。


そいつは腹の底から気味の悪い声を発し、体中が紫の炎に包まれたかと思うと、突然小爆発を起こして消えた。


耳がキーンと鳴っている。その場には吐き気をもようす匂いだけが残る。


「次だ」


 考える間もない。


あたしは後ろに迫ったカーミラ・亜種に銀の棒を突き上げた。


そいつは意外に柔らかく、その一撃で頭半分が吹き飛んで耳障りな悲鳴をあげた直後、小爆発を起こして消えた。


あたしは来る敵、迫る敵を無心で迎撃し続けた。ユウに何度も何度も敵の枝切バサミを防いでもらった。


 あたしは、目の前で起こったことをどう理解していいか分からなかった。


これはゲームのはずだ。


どういう技術だか分からないけどすごくリアルな敵キャラということなのか?



 果てしなく続くかと思われた攻撃も、森の闇が少しずつ明るくなってゆくにつれて、銀の棒を振るう回数が減っていった。


そして敵の波状攻撃もまばらになってきて、明け方近くになってようやくそれが止んだ。


寸劇さんがガックと地面に片膝をついたかと思うと肩で息をしながら言った。


「よし、生き抜いたぞ」


 その言葉にみんながお互いの顔を見合わせて無事を確認し合うとその場にへたり込んだ。


ユウを除いて。


ユウが寸劇さんのところに近づいて行って、


「ボクらのほうが多く倒したよ」


 と感情のない声で言った。


 そのユウを、寸劇さんはもはや精根尽きたといった目で見上げて、


「ああ、そうだな。女と思って侮った。すまなかった」


「いいよ。慣れてる」


「全滅ボーナスはお前らにやる」


「いらないよ。その代わり、ボクらを傭兵にしておくれよ」


「お前たちのパーティーは?」


「放棄する。手続きが面倒だから新兵扱いでお願い。ユーザ名はそっちのルールに合わせる」


「その前に質問していいか?」


「何?」


 寸劇さんは言葉を置くようにしてユウに言った。


「お前さん、ひょっとして、傀儡子なのか?」


「何のこと?」


「いや、いい。都市伝説にすぎん」


「じゃあ、次の獲物を狩りに行こうか」


「待て、まず救護センターに行かせてくれ」


 見ると、寸劇さんのズボンが裂け、血だらけの太ももが露出している。


サダムさんは真っ赤になったタオルを頭に当て、サーリフくんは腹を手で押さえている。


無傷なのはユウとあたしだけだった。


 あたしは寸劇さんのパックリ開いた傷口とズボンに着いた血を見ているうちに気分が悪くなり、ついにはめまいがして、目の前が真っ暗になった。


「あーあ、これからだってのに」


遠くからユウの声がしていた。


 暗闇に落ちていく意識の中で、野獣のような咆哮を聞いたような気がした。

(毎日2エピソード更新)

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