「辻沢ノーツ 27」(青墓行きバスと寸劇の巨人)
ユウは傀儡子に会わせるから青墓に来いと言った。
青墓と言えば事前調査の日に辻女の教頭先生から地下道とともに禁止区域と釘を刺された場所だ。
だけど、一回会っただけなのになぜかユウだから大丈夫という気持ちになっていた。
約束の時間は17時。辻沢駅から辻バスで青墓へ向かう。
「雄蛇ヶ池公園南門まで」
(ゴリゴリーン)
ギリギリ。これ逃したら間に合わなかった。
わ、乗客サバゲーの人だらけ。
何? 人のことジロジロ見ないでくれません?
〈次は大通り交差点です。スレイヤーとレイヤーの店、スーパーヤオマンはこちらでお降りください〉
アナウンス、レイヤーって2回言ったような。
お祭の時ヴァンパイアコス揃えた店だよね、ここ。
「青墓北堺まで」
(ゴリゴリーン)
このバス停からもサバゲーの人、結構乗ってくるんだ。
イタタタ。ちょっと押さないでもらえます?
わあ、このおじさんバスの天井に頭付いちゃってる。
ぶっとい腕して、すごい引っかき傷ある。ネコ科の大型動物にじゃれつかれた?
大声の人乗ってきた。
サバゲー一色の車内ではちょっと浮き気味。
「ノギさん、待ってくださいって。見てくださいよ、古山椒の木刀っすよ」
あの紙袋どこかで見たな。あ、サキが持ってたやつか。
「サカイ、それをしまえ」
「なんスカ。30万も出したのに。もっと褒められてよくないっすか?」
「何で?」
「何でって、ショップの人が一撃で倒すって言ってたじゃないっすか。ドラ焼きだかカルメ焼きだかを」
「……」
ノギさんスルー。
「ガン無視っすか? ノギさんが欲しそうに見てたから代わりに買ってあげたんじゃないっスカ」
「黙れよ」
「チェ。黙りますよ。ぼくだけ活躍しても後悔しないでくださいよ」
「すでに後悔してるよ。お前をパーティーに入れたことを」
「なんだよ、それ。俺の金目当てに誘ったくせに」
「黙れって」
「うっせーな。センパイづらすんな。金もねー貧乏が」
「お前はパーティー馘首だ!」
ノギさん、胸ポケットからカード出して破っちゃった。
「これでお前は参加資格が無くなった。そのお宝持って次のバス停で降りるんだな」
「何してくれてんだよ?」
「お前のような奴のために他のメンバーを死なせたくない」
「たかがゲームだろーが。死ぬとかって、え?」
あたしの頭の上からあのぶっとい腕が伸びてサカイの肩を押さえ込んだ。
「いててて。はなせよ、この寸劇の巨人」
「少しおとなしくしてくれないか。そのたかがゲームのせいでみんな死ぬほどナーバスになってるんだ」
おじさんが白い歯を見せて莞爾と笑った。サカイはその威勢に飲み込まれて、途端に黙ってしまった。
次のバス停に着くとサカイは涙目で降りて行った。
周りはみんな迷惑そうにしてたから、バスの空気が少しは明るくなるかと思ったら、どよーんとしたまま変わらなかった。
それにしても、サバゲーってこんなに沈痛なオモモチで参加するものなの?
悲壮感っていうのか、みなさん全然楽しそうじゃない。
スマホ見ながら窓の外と見比べてたり、地図広げたりしてる人いるけど、皆無言決め込んでる。
気付いたけど包帯したりバンソコしたりしてる人の率が高いような。
バスが田んぼの道を走っていくと誰かが言った。
「青墓だ」
車内の人達の唾を呑む音が聞こえてきた。
前方を見ると鬱々とした陰気を吐き出す黒い森がフロントガラスを覆い尽くしている。
まだ昼間だというのに、森の中は樹木の奥が暗くてよく見えず、そこだけ冷たい湿った風が吹いていそう。
〈次は青墓北堺です。ちょっと待て、命は大切。お降りの方は命の落とし物をしないでお戻りください〉
(ゴリゴリーン)
サバゲーの人たちみんな降りてった。
それにしても酷いアナウンス。いくらそういう場所だからってあれはないよ。あんなの聞かされたらみんなドナドナ状態だよ。可哀想に。
車窓を流れる黒い森の姿。本当に気味の悪い森だ。
杜の奥の暗闇で何かが蠢いてるような感じがする。禍々しい何かが。
教頭先生が警告したのもわかる。
こんなところ頼まれても入りたくないもん。
〈次は雄蛇ヶ池公園南門です。ちょっと待て、命は大切。お降りの方は命の落とし物をしないでお戻りください〉
(ゴリゴリーン)
アナウンス、同じだった。降りて見たら分かった。青墓の杜すぐそこだった。
「クーロエ」
ビックしたー。振り返って、もっ回、ビックしたー。
そこにあたしが立ってたから。
「ユウ、驚かさないでくれる?」
「ごめん。ぼーっとしてるから、つい驚ろかしたくなった」
ユウはこの間と同じ白いパーカーにデニムのショートパンツ姿で、あたしとほぼ同じ格好だった。
昼の光の元で見ると、ユウの肌はいっそう透き通って見える。あたしのお肌もそこそこだと思うけど、質が全然違う感じ。
化粧水何使ってんのかな?
「ここで待ってたら会えるの?」
「そうね。傀儡子に会わせるって言ったんだったね。それがさ」
やっぱりツリ?
「会わせる準備がまだできてないからさ」
「準備? 傀儡子さんの?」
「いや。クロエの」
あたしは持って来たリュックをユウに示して、
「準備して来たよ。ノートもデジカメもICレコーダーも、許してもらえれば動画だって撮れる。筆記用具もほら」
ラリッタクマがノックのところについたシャープペン。大学生協で買ったやつ。
「クロエ。そういうんじゃないんだ」
「じゃあ、どういう?」
「ゲームに参加してもらう」
「ゲームって、何の? 野球とかルール知らないよ、あたし」
「『スレイヤー・R』っていうゲーム。知ってる?」
ユウの口元が薄く横に引かれた。
他人が見ると何か企んでいるように見えるけど、笑ったのだ。
自分の笑い方もそうだから分かる。裏はない。
その傀儡子が言うには、どこの血筋とも知れない人間に腹を明かすつもりはない、もし話を聞きたいのならば何らかの代償が欲しいのだそう。
それがゲームに参加することとどう関係があるのか。
「いま、この青墓の杜の中で開催されてるゲームなんだけど」
ここにきてボードゲーム大会ってことはないよね、やっぱり。
「サバゲーをするの?」
「サバゲー? サバイバルゲームのことか。
ううん。ちがう。『スレイヤー・R』は、リアル戦闘ゲームでかなり危険な目に遭うんだよね。
多分、それで覚悟を見たいんだと」
バスの人たちの陰気な顔や寸劇の巨人の腕の傷を思い出した。
「インタビュイーはこっちの理解を超えた欲求を持っていると考えたほうがいい」
インタビュー演習の時に鞠野先生が言った言葉だ。
単純な顕示欲であったり、達成願望であったり、恋愛感情であったり、時として傷害欲求ですらある。
それは必ずインタビュアーに精神的圧迫を強いる。
あまりにひどい時には逃散すべきだが、時にその欲求に正面から向き合わなければならないことがある。
そういう場合はどうやって調査を続行すればよいか。
「こちらの腹を明かして見せる。つまり、まな板の上の鯉になりなさい」
今回の案件は己の体を張って誠意を見せろということだと理解した。
「わかった。で、どうやって参加するの?」
「忍び込むんだよ。参加料だの会員証だのって面倒だから。ズルしちゃう」
「だから、青墓の入り口でなく、こっちで待ち合わせしたの?」
ユウはそれには返事をせず、青墓の杜に向かって歩き出した。
(毎日2エピソード更新)
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