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辻沢のアルゴノーツ ~傀儡子のエニシは地獄逝き~  作者: たけりゅぬ
第一部 ノタクロエのフィールドノート

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25/74

「辻沢ノーツ 25」(禁忌と追放)

 今日は四ツ辻行きはおやすみ。朝からユカリさん宅で資料まとめ。


あたしの『辻沢ノート』もすでに6冊目になった。


これだけあったらあたしのだけで『辻沢のアルゴノーツ』完成?


 ユウが傀儡子に会わせるって言ったことが気になってる。


本当に傀儡子に会えたら、この夏の調査はめっちゃ充実する。


明日一緒に会いに行くことになったけど、ツリってことないよね。


 休憩がてらちょっとお宅拝見。


「誰かいますかー」(小声)


 いるわけないんだけど、一応。

 

 踊り場の部屋。扉に鍵かかってない。実は朝、ドアが少し開いてるのに気がついてた。


本当に悪いことだけど、これは学術調査の一貫だから。


「失礼しまーす」(小声)


 中は4畳半位の小部屋だった。


明り採りの小さな窓が一つ。その下に据え付けのリファレンス机。


本やビデオがびっしり並んだ棚が天井まで壁を占めてる。


真ん中に一人がゆったりくつろげそうな大きなソファが一つ。


ラグジュアリー感いっぱいで『俺の隠れ家』の書斎特集で取り上げられそう。


 本棚の前に立つ。


『魔人ドラキュラ』、『ヴァンパイア 最期の聖戦』、『ブレイド』……。


ヴァンパイア映画のビデオだらけ。


こっちは『呪われた町』、『夜明けのヴァンパイア』、『吸血鬼幻想』……。


ヴァンパイアの本ばっかり。


四宮浩太郎のコレクションルームなのかな。みんな古そう。DVDでなくビデオテープっていうのも昔っぽい。


鞠野先生は四宮浩太郎がヴァンパイアのこと調べてたって言ってたけど、これじゃヴァンパイアオタク。


もし四宮浩太郎の書斎なら『日記』があってもいい。


それはなくても調査資料ぐらいは……。


「お姉ちゃん、そこで何してるの?」


 振り返るとドアの所に子供が立っていた。


小学生くらいで髪が肩まであって、ピンクのマイメロメロのパジャマを着ている。


女の子? 青白い顔をして体弱そう。


この子かな、太陽光アレルギーの子供さんって。


「開いてたから勝手に。ごめんなさい」


「だめだよ。僕だって入れないのに」


 話を聞くとここの長男だと言ったが、なんかあやしい。


四宮浩太郎は15年前に亡くなってる。


あたしも自分のことを話した。


「じゃあ、この部屋に入ったこと黙っといてやるよ。ばれたら困るんだろ?」


 そりゃそうだけど、なんか感じ悪い。


「ここはお父様の部屋?」


「そうだよ。パパはこの部屋に入れてくれなかったんだ」


そりゃ、会ったことなければ無理かもね。


「ちょっと、そこ通してもらってもいいかな」


 部屋から出たいのに入り口のところでわざとらしく通せんぼしてる。


「いいけど、お姉ちゃんが僕をこの部屋に入れてくれたらね」


「ここはあたしの部屋じゃないから」


「じゃあ、お姉ちゃんの部屋なら入ってもいい?」


「あたしのではないけど、いつでもどうぞ」


「ありがとう。じゃあ、あとで遊びに行くね」


 そう言うと、その子供はあっさりと階段を昇って行ってしまった。


暫くして二階の奥のほうからドアが閉まる音がした。


 踊り場の部屋を出て恐る恐る二階に上がると、音がしたのとは反対の廊下の奥から、女の人が顔を出してこっちを見ていた。


そういえば娘さんもいたんだっけ。


「こんにちは」


 声が聞こえなかったのか、その娘さんらしき人は無言でドアを閉めた。


あたし一人だと思ってたたけど、2人はずっとこの家にいた? なにやら薄気味悪いものを感じて、身震いがした。

 

でも、どうしてユカリさんはお子さんが2人いることを言わなかったのかな。


 夕方6時過ぎ。部屋のドアの下からメモが差し入れられた。夕食の用意が出来たという。


今日は娘さんとあの子供がいると思って賑やかな夕食を期待したけれど、食卓に用意されてたのはあたし一人分の食事で家政婦さんも既にいなかった。


それはいつもの見慣れた風景なので気にすることなく、一人でアマゴの塩焼きを食べていたらユカリさんが帰って来た。

 

テーブルのあたしを見て、


「何かありましたか?」


 と言う。


 ユカリさんは、あたしがこんな早い時間に家にいることを言っているのだろう。


実際、夕食前に四ツ辻から戻れたのは最初の3日間だけだったから。


けれどユカリさんの目は他の何かを察しているようにも見えた。


あたしは、きっとあの子の口からバレるだろうと思い、昼間に踊り場の部屋に入ったことをユカリさんに白状した。


怒られると思ったけど、ユカリさんが子供の様子を聞きたがったので、部屋に呼んだことも含めて全部話した。


ユカリさんは眉間にしわを寄せてあたしの話を聞いた後、


「そうですか。あの子を部屋に。ならばノタさんにはここから出て行っていただかないといけません」


 あたしは「しでかして」しまったようだった。


 どうしよう。ここを追い出されたら、それこそテント生活でもはじめなければならない。


あたしはあの部屋に入ったことを必死で謝った。そして、もう少しここにいさせて欲しいとお願いした。


 ユカリさんは険しい顔のまましばらく黙っていたけれど、一度天井を仰ぎみてから、


「ここはなにも聞かずに出て行っていただきたいと」


 とだけ言ったのだった。


 意味が分からないまま、ユカリさんに荷物をまとめるように促されて、ワンボックスカーのハイヤーでユカリさん宅を出た。


行き先は駅前のヤオマン・イン。


フロントにはユカリさんから連絡が入っていたようで、すぐに部屋に通された。


部屋の中に荷物を置いて、ベッドに腰掛けてしばらく呆然としていた。


 まるで捨てられたゴミのような感覚だった。


やがて、全てを台無しにしたのは自分だと思い至った。


あたしがあの部屋に入らなければ。そう思った。


すると、おなじみの感情が湧き上がって来た。喉を掻きむしって胸を切り裂き自分の心臓を剥き出しにしてやりたい衝動。


せっかく人とうまくできていたのに。


丁寧に関係を積み上げて来たつもりだったのに。


結局こうやって全てを失うことになる。


それがあたしという存在なんだ。


自己嫌悪と寂寥感と無力感と、いろんな感情に押しつぶされそうになった。


声にならない嗚咽がのどの奥から漏れ出るのを感じながら、あたしは意識の底へ落ち込むような深い深い眠りに就いた。

(毎日2エピソード更新)

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