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辻沢のアルゴノーツ ~傀儡子のエニシは地獄逝き~  作者: たけりゅぬ
第一部 ノタクロエのフィールドノート

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21/62

「辻沢ノーツ 21」(四ツ辻のインフォーマーさんたち)

 辻バスは集落の中を進んでいく。

 

家屋が点在する中にあちこちに見えているのは山椒の木のようだ。


辻沢の街なかは開発されて山椒畑を見ることはなかったから、ここで初めて「山椒の里」に来た感じがした。


〈次は四ツ辻公民館です。わがちをふふめくぐつらや、地獄の門前、四ツ辻へようこそ〉


 辻バスは集落の中のおおきなカーブの途中で停車した。


(ゴリゴリーン)


 こんなのどかな風景なのに地獄って。辻バスは変なアナウンスをする。

 

 それにまた例の「傀儡子」だ。四ツ辻になにか関係が?


 バスを降りると足下の敷き詰められた砂利のせいで埃っぽかった。


公民館は探すまでもなかった。バス停横の小高くなった所の木造平屋の建物がそれだった。


ところどころ壁板のペンキがハゲかけていて錆色の地がむき出しになっている。


スロープを昇り玄関を覗くと、土間に数組の履物が揃えてあって、中から人の話し声が聞こえていた。


インタビューするのは一人じゃなかったのかな。


「すみませーん」


 空欄ばかりの予約表が掛かった壁の向こうに声をかけると、室内の話し声が消えてしばらくして、


「はい」


 と短い返事が戻ってきた。


「ノタクロエという者ですが、辻女の教頭先生のご紹介で参りました」


 壁の向こうからガラス戸を開ける音がして、床を軋ませて応対に出て来たのは50代ぐらいの細身の女性だった。


 その方はあたしを見るとちょっと表情を変えたけれど、すぐに、


「あの、教頭先生は?」


「急用だそうで、一人で参りました」


男の先生にもらった名刺と手紙を渡した。


応対の女性はそれをちらっとだけ見て、


「さ、おあがりになって」


 通された部屋には女性ばかり4名の方がいらっしゃった。


あたしが戸口に立つと、みなさんこちらに顔を向け、応答に出た方とおんなじような表情をしたが、すぐにそれまでしていた話の続きに戻った。


 部屋は床に藤畳が敷かれた和室で、開け放たれた窓から吹き込む風のせいで涼しかった。


 まず、折りたたみ式の座卓に固まって座る方たちの脇に膝をついて挨拶をする。


「遠いところを、ひだるかったねえ」


「ほんとに、なあ」


「なあ」


 という反応が返ってくる。


ひだるいとは一人でよくここまで来たということのようだ。


たしかにここまでの道のりは遠かったが、バスで来たのだからそれにあたらないというと、みなさんが手を叩いて笑った。


何で笑われたんだろう。ともかく、打ち解けていただいているようなので、そこは掘り下げないことにする。


 改めて、あたしが来た目的をお話すると、教頭先生がすでに細かに説明をしてくださっていたらしく、すぐにご理解いただけた。


けれど、皆さん農作業の合間の休憩時間を割いてお集まりいただいているそうで、時間は小一時間くらいしかないという。


多くは聞けなさそうなので、今日はお一人に絞ってお話を伺いたいと提案すると、一人の方が手を挙げてくださった。


最初に応対に出てくださったムラサキコさんだ。


皆さんも、今後自分がインタビューされるときのために様子を見ておきたいということで、ムラサキコさんにご了承いただけたので、最初だけ皆さんが立ち会うことになった。


ムラサキコさんを前にこちらのほうが緊張してしまう。


 心を落ち着けて、まずこのインタビューは学術論文や研究レポートという形で人目につくことを説明した上で、何時でも中止していいし、いやなことは話さなくていいということをお伝えした。


そしてメモ、写真、録音の許可を頂いてICレコーダーとビデオカメラをセットすると、いよいよ調査開始だ。


「これまでどのような人生でしたか?」


 アバウトすぎて言ったこっちも可笑しくなるけど、鞠野先生の演習で教わった最初の質問の仕方。


インタビュイーにこの質問を傾けて、ご自分の人生を主体的に意味づけ振り返っていただく。


こちらの聞きたいことと一切関係なくてもそれを聞き続ける。


調査テーマや自分の理論の糧にするために、発言者の話を曲げることは厳禁。


……だったかな。


「アハハ。可笑しい。人生だって、ムラサキコちゃんにそんな大層なもんあったのかい?」


「あるわけないよ。あんただってそうじゃないか」


「そうだ、そうだ。あるわけない。あたしらなんかに」


「そうだね、アハハ」


 皆さん、大笑いしながら囃し立ててる。


 演習の時にも経験したけど、普通に生活されてる方々にとって、人生だの恋愛だのっていうのは、別世界の、それこそお芝居のセリフで言うようなことで、いざ自分ごとになると笑うしかないみたいだ。


ムラサキコさんも赤い顔をして話しにくそうにしてる。あたしもつられて少し顔が火照って来た。


 それでもムラサキコさんは辻沢に来てから今までのことをとつとつと話してくださった。


ムラサキコさんにとってこれまでの人生は、普通に旦那さんと結婚して、普通に子育てをして、普通に農業を営んで、普通に旦那さんを見送ったという認識のようだった。


そこにあたしのテーマの傀儡子に関する情報は一切なかったものの、ムラサキコさんが率直にお話くださる様子を見て、コミュ障のあたしがこれから調査することに希望が持てた気がした。


ムラサキコさんのインタビューが終わると、皆さんすぐに農作業に戻っていった。


あたしはインタビューの道具をしまいながら、ムラサキコさんにバスのアナウンスのことを聞いた。


「地獄」と「傀儡子」のことだ。


するとムラサキコさんは、


「昔、夕霧太夫という傀儡子がここから地獄に旅立ったんだよ」


 と言ったのだった。


(毎日2エピソード更新)

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