「辻沢ノーツ 20」(インタビュイーさんのもとへ)
フィールド調査初日の今日は、8時前に辻女に伺って教頭先生にお目にかかる。
それから一緒に調査地に行ってインタビュイー(インタビュー対象者)に引き合わせていただく事になってる。
ユカリさん宅から辻女までは徒歩でも行けるらしいけどバスで行くことにする。
辻沢の路線バス(辻バス)は田舎には珍しくすごく充実してて便利。大概の場所はバスで行ける。
「辻沢女子高校前まで」
(ゴリゴリーン)
混んでると思ったら通勤時間だった。
ユカリさん宅のあるお屋敷町から辻女へ行く路線は一旦駅に向かうからめっちゃ混んでる。
駅に着いてひと段落。人がぞろぞろ降りて行ったからやっと座れた。代わりに女バスな子たちがわちゃわちゃ乗ってきた。
「苦渋からの脱出」ってロゴ入ったおそろのTシャツ着てる。
辻女に試合しに来たようだ。
一番背の高い子が背中を丸め気味で言った。
「この間の祭りの日、辻女が大学生相手に3人だけで勝ったらしいよ」
それって、あたしらのことかな。
「負けたろ。ウチらもう負けだ」
バスの中に落胆が広がった。
〈辻沢女子高校前、お降りの方は辻女バスケ部にすりつぶされないよう頑張ってください〉
辻バスのアナウンスって誰かの視線感じるときある。
(ゴリゴリーン)
女バスの子たちと一緒に降りた。彼女たち、しょげちゃって体育館のほうに歩いて行ったけど頑張ってほしいな。気持ちで負けるな!
辻女の玄関で用件を言うと、応対に出て来た知らない男の先生が、
「ごめんね。教頭先生、まだいらしてないんだよね。いつもの急用ってやつで、帰って来るの9時過ぎるんだ」
約束は9時半に調査地だもんな。間に合わない。
「僕が代打頼まれたんだけどちょっと手が離せなくてね。悪いんだけれども住所教えるから、一人で行ってくれるかな」
ダメと言ってもなんにもならないから。
「一人で行きますので、名刺とか貰えますか?」
男の先生は、教員室に取って返して、しばらくして茶封筒を持って現れた。
「これ僕の名刺と手紙。場所はいい? 西山地区の四ツ辻。地図もこの中に入れといた。大丈夫? だよね」
辻女教諭の名刺と辻女のロゴ入り茶封筒。中を見るとコピー用紙だった。急いでるからって。
「ダイジョブです」
初日からこれとは、先が心配すぎる。
玄関を出ると体育館から歓声が聞こえた。試合始まったんだね。
ガンバレ、女バス。
で、またバス。
9時半まであと一時間てところで、ちょうど西山地区行きのバスが来た。
「このバス、何時に四ツ辻に着きますか?」
メガネを掛けたやさしそうな運転手さんが、
「今日は道混んでないから、四ツ辻公民館前に9時すぎには着くよ」
よかった。間に合いそう。
「あと、ゴリゴリカードって買えますか?」
運転手さんがいっぱいゴリゴリカード出してくれて、選んでって。
辻女の冬服があったからそれにした。
「ありがとうございます」
やっぱりこのモデル、エリさんなんじゃないかな。よく似てるもの。
ゴリゴリカード2枚になった。この調子でサキみたくコンプするぞ!
あと14枚か。
辻沢に骨埋める覚悟いるな。
四ツ辻というのは西山地区にある山椒農家が集まる地区で、そこの公民館にインタビュイーに来ていただいているということだった。
時間は9時半だから余裕だ。
バスは辻沢の街を抜けて田んぼの広がる郊外を走る。窓を開けると風が稲穂の香りを乗せてくる。
遠くの山並みの更にその向こうの青空に、真っ白い入道雲がそそり立っていて、このままどこまでも行けるような気がしてきて爽快だった。
山がだんだん近づいて来て道が傾斜するにつれ風景は棚田に変わった。
陽の光が水田に反射して眩しい。山の影に見えるのが山椒畑だと同車のおばさんが教えてくれた。
車窓が棚田から山林に変わるとバスは狭い山道に入っていた。
右へ左へとゆられながら窓の下を見ると深い谷になっていて、木々の暗がりの底にキラキラと光るものが見える。下のほうに渓流があるっぽい。
さらに山が迫り谷が深く道が車幅いっぱいになって、いよいよ行き止まりかと思ったら、急に窓の外が明るくなった。
四ツ辻の集落に入ったのだった。
(毎日2エピソード更新)
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