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辻沢のアルゴノーツ ~傀儡子のエニシは地獄逝き~  作者: たけりゅぬ
第一部 ノタクロエのフィールドノート

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17/70

「辻沢ノーツ 17」(満月の夜にフジミユと)

 事前調査で人が燃えたの見たショックは、この一か月半のハードな日々で記憶の隅へ押しやられるかと思ったけれど、そうはならなかった。


 夏の間バイトに来られないって言ったらシフトパンパンに入れられてほぼ毎日出店することになった。


ガルバの店長、人のこと何だと思ってんのか。ホント、ムカつく。


バイトより深刻だったのは事前調査のレポートだった。


あたしの家系調査の対象は、水辺の遊女に対する陸の遊女の傀儡子クグツだ。


だけど、あの時誰かが「傀儡子の仕業だ」と言ったのは別の存在に思えて、そのことが引っ掛かって全然進まなかった。


 それで結局提出日ギリギリになったけど、出せたことをよしとして文献探しとか手伝ってもらったフジミユにお礼がしたかった。


 ゼミ室に提出に来たら、鞠野先生は講義あるからって受け取るだけ受け取って出て行っちゃった。


そのまま居残ってたらフジミユに会えるかなって思ってたら、ミヤミユが来て2人でおしゃべりしてた。


そこに来たのは院生の畑中先輩で、


「これあげるからアメ玉でも買ってお帰り」


 ってゼミ室を追い出された。


貰ったのは駅前にあるヤオマンスポーツの割引券だった。

 

 バイトがあるというミヤミユとは校門のところでバイバイして、あたしはぼっちになって仕方なくヤオマンスポーツに行くことにした。


 店の前の信号まで来たら、ラッキー。フジミユがトレーニング帰りって格好で立ってた。


そう言えばここの最上階にあるボルダリングスタジオによく来てるって言ってたな。


でもなんか変だ。信号青なのにじっとして動かない。


あー、これはフジミユの棒立ちだ。


ああやって一点を見つめたまま長時間立ち尽くしちゃう癖。


でも、このこと知ってる人は鞠野先生とあたしぐらい。


ゼミでは藤野女史なんて畏れられてるけど、あたしにしてみたら守ってあげたい存在なんだよね。


「フジミユ」


 こうして肩をたたいてあげると、すぐに我に返る。


「あ、クロエ。何してるの?」


 それはこっちのセリフだけど言わないで、


「ヤオマンポーツでフィールドワーク実習の準備しようかって」


「じゃ、つきあうよ」


 二人でキャンプ用品の階をうろつく。店内にあふれかえるコッヘルとかランタン、テントやシュラフを見ているうちに、あたしには必要ないと思い当たる。


だって、ユカリさん宅にお世話になるから雨風にも食事にも困ることもないだろうから。


「クロエ、どう? 気に入ったのあった?」


「ううん。畑中先輩に薦められて見に来たんだけど、あたしには必要なかったなって」


「だよね。クロエの拠点は街なかだもんね」


 しばらくシュラフのコーナーをぶらついた。


「このマイナス表示って、あんまあてになんないんだよね」


 とフジミユが言う。


シュラフには必ず、マイナス何度まで対応って表示がある。


それで夏用、冬用、レジャー用、厳寒地用とか判断できるようになってるっぽい。


「結局値段なんだよね。安いのは家の中で布団替わりにしか使えないし、本当に冬に屋外でなんてのは、4、5万するの買わないとダメ」


「フジミユはこういうの持って行ったりするの?」


「フィールドに? そうね。大抵は不要かな。でも、調査対象による」


 野外でテント張ってシュラフで生活するって、どんな調査対象だろ。


野生動物とかかな? でもそれって、もはやエスノグラフィーでなくない?


「そのために鍛えてるの?」


 フジミユの引き締まった二の腕を指で突いてやった。


「まあ、そうとも言えるかな。まだまだ体力勝負なフィールドあるしね」


 と力こぶを作って見せた。


 何も買わずにヤオマンスポーツを出ると暗くなっていた。


 帰宅の人たちが行きかう道を歩きながらフジミユが言った。


「今夜は満月だ。クロエは満月になると本領発揮するね」


 あたしがギリギリでレポート提出したことを言っているのだ。


「それって、からかってる?」


「まさか。最後の集中力すごかった」


 街灯の下でも分かる真っ黒い瞳で見つめてくるフジミユの言葉に嘘はない。


 あたしはちょっと照れくさくなって、東の空を見た。


けれどビルが邪魔して見えなかったけれど、その向こうの夜空が明るくなっていた。。


 フジミユが夕ご飯まだだって言うから一緒にドオって誘ったらOKしてくれた。


レポートのお礼もそうだけど、夏になったら会えなくなるからお別れ会もしたかったんだ。


 いつも大混みだけどおいしいからリピートしちゃってる手羽先専門店に20分並んでやっと入れた。


「とりあえずビールかな」


 で二人で乾杯。


手羽先で、ハイボール、赤ワイン、冷酒を飲んだところで意識が飛んだ。


暗い夜道、フジミユにおんぶされてるのが記憶の断片に残っていた。

(毎日2エピソード更新)

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