「書かれた辻沢 16」(過去の功罪)
「こんなあたしたちにも若い頃があってね」
自虐的に話し出した紫子さんだった。
「田舎の四ツ辻に都会のような新しい風を取り入れたかったの」
四ツ辻はこのままで素敵なところだとあたしは思うけども。
「ここにも都会の熱気は伝わって来てて、何かしなければっていう焦燥感に駆られていた」
それで、今は紫子さんがやってる仕切り役だったケサさんを問い詰めたり、エニシについて話し合ったりしたそうだ。
「公民館に集まってね。お惣菜とかおにぎり持ち寄って夜中までギロンしてた」
その時に標的になったのは、やはり「けちぼん池」だった。
制度的差別的だということで排除することになった。
「夕霧物語からどうやって排除を?」
鞠野先生があたしが聞きたいことを質問した。
「旧弊に頼る上、人道的でないって意見もあったけど、絵解きを使った」
あたしを初めて傀儡子神社に連れて行った時、紫子さんは鴨居の上の額絵を指しながら夕霧太夫と伊左衛門の話を語ってくれた。
あれが絵解きだ。
「このお話知ってる」
全部聞き終わってあたしがそう言った時、紫子さんは分かっているよというように大きく頷いたのだった。
「絵解きの時『けちんぼ池』にすり替えることにしたの」
そういえば紫子さんは語り終えた後も、
「けちんぼ池、けちんぼ池だよ。夕霧たちが目指したのは」
と何度も言っていたような。
つまりは頭の柔らかいうちに誤情報を刷り込んだのだ。
良かれと思ってしたことでも褒められた行為ではない。
今で言えばコンプラ違反。
「ごめんね」
紫子さんは拝み手をした。
「でも、後になってユウちゃんが『けちんぼ池なんて埋めてやる!』と言ってるのを知って二重に嬉しかった」
一つは夕霧物語から「血盆」という言葉が消えたこと、もう一つはユウさんが血盆池そのものを消し去ろうと考えていること。
それは紫子さんたちにも思いつかなかったという。
さすがユウさん。
「自画自賛するわけではないけど、ユウちゃんがそんな発想をするようになったのも、言葉の呪縛がなくなったからって思いたいの」
「けちぼん」と「けちんぼ」。
背景を知らなければどっちも一緒だけど、「血盆思想」を知った後の心のザワザワは生理的な何かがあった。
言葉の重さは関われば関わるほどレベチになると思うし、そういう意味で紫子さんのしたことは、エニシと傀儡子とのありさまに少なくない影響をあたえたのは事実だ。
「そもそも、けちんぼ池ってどこにあるんですか?」
鞠野先生が踏み込んだ質問をした。
紫子さんが言うように「けちんぼ池」が「血盆池」なら、それは地獄にあるということになるけれども。
「あるとは言えても、どこにあるかの説明は難しいのじゃないかしら」
紫子さんは眉間にしわをよせながら、そう答えた。
そこが地獄かどうかは置くとして、けちんぼ池があるのならば行き方も存在する。
ユウさんやまひるさんが言う通りでどんな方法でもたどり着けるはずなのだ。
そしてその行き方こそがどこにあるかの説明になる。
例えば、コンビニは大通りの信号を渡って10数メートル右に行くとある、みたいに。
「紫子さんは、けちぼん池への行き方をご存じなのでは?」
「聞いたことはあるわ。でも人の真似をして辿り着けるかどうか。条件が毎度違うらしいし」
行き方が人によって違うのか。
「エニシから手順を踏めと言われているように感じる」
ユウさんはそう言った。
それはエニシから条件を示されているということだ。
ということは、ユウさんはけちぼん池へのルートを確実に辿っていることになる。
どこまで来ているのか、あとどんな条件を満たさないとならないのか。
全然わからないけど、あたしはミユウに頼まれたから、ユウさんの側でそれを見届けなければいけない。
鞠野先生が質問する。
「けちんぼ池って埋めたりできるものなんですか?」
「実際にある池だというからには。でも重機とか運べるのかしら」
ミユウの仮説で社殿の船が運べるなら、重機の一つや二つ……。
「重機は冗談だけど」
……。
紫子さんに泊まって行けばと言われたけれど、鞠野先生が今日中に東京に帰るというのであたしも一緒においとました。
帰り際、話に出て来たケサさんについて気になることがあると紫子さんに伝えた。
前回四ツ辻に来た時は気のせいと思ったが、今回ケサさんの記憶の糸に触れた時も、そこにヒダルの影が見えたのだ。
それに対して紫子さんは、
「教えてくれてありがとう。でもしかたがないね。悲しいことだけれど」
と言ったのだった。
(毎日2エピソード更新)
続きはこのあと21:10に公開します
よろしくお願いいたします(*ᴗˬᴗ)⁾⁾⁾
たけりゅぬ




