「書かれた辻沢 12」(死者に寄り添う)
生徒の部屋を荒らした鞠野先生だったが、今日は駅前のヤオマン・インに宿を取ってあると言うので、夜になるまでここにいていいことにした。
「先生。Yシャツなんて着て珍しいですね」
と言うと、
「今日はN市の大学でワークショップに参加する予定だったんだよ」
朝、慣れない背広を着てホテルから出ようとしたらあたしから連絡があって、予定を変更して来たということだった。
「それで、コミヤくんの記憶の糸はどうだったんだい?」
鞠野先生には内容をまだ知らせていない。
あたしは担当の生徒が亡くなったということをこの人に伝えなければならないのだった。
ミユウの最後を語る辛さは何度目だろうと変わらなかった。
あたしが語り終えると鞠野先生は、
「そうだったのか。残念だ」
と言ってうつむき嗚咽した。
その姿を見て、あたしは改めて鞠野先生とあたしたち傀儡子との関わりを想う。
ミユウをゼミで引き受け、あたしを中学生のころから指導してくれている。
クロエのおばあちゃんが亡くなった後は、あたしに傀儡子使いの引継ぎをするように勧めてくれた。
鞠野先生は、
「エニシのせいだよ」
とは言うけれど、いくらエニシがあるとは言っても普通の大学教授はこんなことしない。
鞠野先生が涙を拭いてあたしに向かい、
「すぐにテキスト化しなさい」
と言った。
テキスト化とは文字起こしのことで、普通ならインタビューメモや、録音内容を文章化することを言う。
しかしあたしの場合は、場所の記憶を読んだ内容についてそれをするのだった。
最初のころは、その意味がよく分からなかった。場所にまつわる記憶の糸を読んだら、それでおしまいにしていいと思っていた。
文章化してしまうと読んだ時の感動が色あせてしまうとさえ思っていた。
けれど先生と出会ってテキスト化を強く勧められた。
「フジノくんが読んだことを文章化しなければ、それはこれまでと同じ記憶の糸のままなんだよ。
それを書くことによってはじめて社会の中で意味をなしてゆくんだ」
と。
あたしは最初反発した。
なぜなら純粋な形で存在する記憶の糸をあたしなんかが文章化したら変にゆがめてしまうと思ったからだ。
それを鞠野先生に言ったら、
「そうかもしれない。けれどそれでいいんだ」
「いいんですか?」
「いいよ」
肝心なのは記憶の糸の内容ではない。
それを読み取ってあたしがどう受け止めどのように生きる糧にしたか。
それはその記憶の糸にどのように寄り添えたかということでもある。
書くことでそれは表現できる。
人に伝えることが出来る。それこそが重要なのだと鞠野先生に言われたのだった。
それ以来、場所の記憶を読んだら必ずテキスト化の作業をするようになった。
今回は、ミユウの最後の記憶の糸だ。
あたしは、それにちゃんと寄り添うことができるのか。不安しかない。
作業が終わったのは五時を少しすぎたころだった。
遅くなってしまったので紫子さんに報告するのは明日にしたいと鞠野先生に言うと、すぐに電話してくれた。
やはり紫子さんは、ミユウから連絡がないことを気にかけていて、もっと早くに報告に行くべきだったと申し訳ない気持ちになった。
鞠野先生は訪問の理由を詳しくは言わなかったが、紫子さんのことだからきっと何事かあったと気づいていることだろう。
明日の昼に伺うことになったが気が重いのは変わらない。
あたしがシャワーを浴びたいと言うと、鞠野先生は散歩に出かけて来るといってコテージから出て行った。
ぐちゃぐちゃになった着替え一式の中から、比較的無事そうなものを選んでシャワー室に向かう。
汗になったものを脱いで洗濯籠代わりの段ボール箱に放り込む。
たしかシャワーを浴びたのは今朝のことだったはずなのに、まるで何日も汗を流さないままでいたような気がした。
とにかく今日は色々ありすぎた。
テキスト化の作業はしたけれどまだ頭の中が整理しきれていなかった。
シャワーを流しっぱなしにしてしばらくそのままでいた。
何分そうしていたかわからない。
ようやく頭と体を洗い終わって鏡の前に立つと、そこにミユウの顔があった。
もちろん霊とかじゃない。
鏡に映っているのはあたしの顔だけど、その時はミユウがあたしに何か言いたそうにしているように見えたのだった。
「何?」
「ユウをお願い」
そう言われたような気がした。
そしてそれがミユウに寄り添う方法だと気づいた。
(毎日2エピソード更新)
続きはこのあと21:10に公開します
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たけりゅぬ




