「書かれた辻沢 7」(絶命の記憶)
あたしの記憶を辿ってみる。
◇
それは東京で潮時で発現したクロエを追いかけていた時だった。
クロエは決められた道順を辿るようにそこに行きついたのだった。
そこはクロエのアパート近くの古びた医院で、あたしもクロエの家に遊びに行った時に見たことがあった。
クロエは医院の前まで来ると垣根を乗り越えて、ある病室の窓を覗き込んだ。
その病室にいた少女はクロエに気付くと窓を開けて顔を出し、クロエと何かやりとりをしているようだった。
あたしでも未だに発現したクロエは怖いのに、その少女はまったく平気な様子なので、おかしいとは思った。
けれど遠目で見ていたあたしは、さらに近づこうという気にはなれなかった。
その少女から何か禍々しいものを感じたから。
後になってそれとなくクロエに聞いてみたが、医院の垣根に咲く山吹の花が大好きだとだけ言っていたのだった。
◇
その病室の少女がミユウの記憶の糸の中にいた。
もっとあたしが用心深かったら、せめてあの時少女の記憶の糸を読んでいたら。
あたしの怠慢がミユウを危険な目に遭わせたとしたなら、あたしはユウさんに顔向けが出来ない。
こんなあたしにミユウの記憶の糸を読む資格なんてない。
そう思うとこの場から逃げだしたくなった。
後ろを振り向いた。咥えた糸が口角を引っ張る。
鞠野先生があたしを見ていた。
「過去に起こったことはどうしようもないからね。後悔なんてしてないで、未来のことだけを考えたほうがよくない?」
昔、鞠野先生は言ってくれた。
人と関わる度に失敗してばかりの自分を責め苛なんでいた頃だ。
この言葉であたしは足を前に踏み出せるようになったのだった。
そうだ。
今は後悔している時ではない。
未来のため。
ユウさんと夜野まひるさんのため。
なによりミユウのために。
あたしは前を向き、ミユウの記憶の糸を読まなければならない。
意を決し再び記憶の赤い糸を読む。
パジャマの少女がミユウを引きずり倒しその首に齧り付いた。
ミユウはおもむろに自分の薬指を咥えると、顎に力を込めてそれを食いちぎった。
そしてパジャマの少女の目を盗んで、その薬指を雄蛇ヶ池に向かって放り投げた。
ミユウは赤い糸からユウさんの心の内を探られたくないと言っていた。
歯で自分の指を食いちぎるなんて、とてもあたしにはできない。
夕霧にしろミユウにしろ想いが強すぎる。
改めてミユウとユウさんの固い絆を思わずにいられなかった。
パジャマの少女がさらに正体を現し、凶悪なヴァンパイアの姿でミユウに纏わり付いている。
見る見るうちにミユウの顔が土気色になっていく。
あたしはそれを直視できなくなってしまった。
思わず目を瞑ったが読む行為の最中に目を閉じたことなど始めてのことだ。
しかし、あたしの目前の惨劇はあたしを捉えて放さなかった。
目を見開いてそれを見届けることしか記憶の糸を読むあたしには許されてはいなかったのだ。
あたしはうろたえた。
このままでは正気でいられない。
この先のミユウの記憶の糸を読むことが怖くなってしまった。
「ミユキ様なら大丈夫です。あたしたちが一緒です」
夜野まひるさんの声が聞こえた。
ユウさんの掌から温かいものがあたしの腕を伝ってきてあたしの胸を暖かくした。
そしてミユウの想いを読んでやってくれという願いがあたしの心の中に広がった。
そうだった。
あたしはミユウの最後を見届けて、それをユウさんと夜野まひるさんに伝えなきゃならないんだ。
心を強くしなくちゃいけなかったんだ。
あたしは真っ直ぐにミユウの瞳を見つめ再び記憶の糸が紡がれるのを待った。
ミユウは、恐怖に立ち向かい決して心で負けていなかった。
その姿に涙が止まらない。
あたしは嗚咽しながらミユウの最後を見届ける。
「屍人のあたしをきっと見つけて、ユウの手でけちんぼ池に沈めて欲しい」
ミユウの声が聞えた。
これはミユウが遺した言葉だ。
ユウさんと夜野まひるさんにかならず伝えるよ。
ミユウは青い炎を発し雄蛇ヶ池の砂利道に吸い込まれようとしていた。
「でも、あんまり無理しないでね」
こんな時までユウさんを思いやってる。
涙がとまらない。
「さようなら」
いよいよその刹那、その最後の最後になってミユウの心に明かりが灯った。
「大好きだよ。ユウ」
と告げてミユウはこの世を後にしたのだった。
―――ミユウ。
口に咥えた赤い糸が消えた。
あたしは力が抜けて膝から崩れてしまった。
それをユウさんと夜野まひるさんが支えてくれた。
「読みました」
ユウさんが肯いた。
あたしはこれまで、こんなにはっきり場所の記憶を読んだことはなかった。
それはきっとミユウの強い意志のせいだ。
ミユウ、きっとみんなに伝えるよ。
でも、さようならはしない。
夕霧太夫も言ってたから、
「またすぐ会える」
って。
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