「書かれた辻沢 3」(ちぎれた指)
なんであたしは床の上に寝ころんでるんだろ。
しかも裸で。
たしかクロエの行動記録を野帳から写し終わってシャワーを浴びたはずだったのに。
ひどい悪寒だ。
本格的に風邪をひいたみたいだった。
どんどん。
ってドアをノックされても出られないよ。体動かないもん。
「はーい」
一応返事はしてみるけど声ならぬ声。聞こえてる?
どんどん。
まただ。
ロッジの管理人さんかな。ゴミ出しには気を付けてるけどな。
たしか月金が燃えるゴミの日、木曜が燃えないゴミの日でプラスチックゴミはお持ち帰りくださいだっけ。
というか、寒い。震える。
ドアを蹴破って誰か入ってきた。ちょっと待って、あたし裸だよ。
「ミユキ。しっかり!」
なんでクロエがここに?
けどクロエはミユキって呼ばないよな。
もう一人の女の人があたしの首筋に触れて、
「傷はなさそうですが」
と言った後、お姫様だっこしてくれた。
すっごく恥ずかしいけど、あなたとならって思えるくらい綺麗な人。
まるで夢のようだ。
なんだかあたしのほうが記憶の閾にいるみたい。
気が遠くなってきた。
おやすみなさい。
◇
薬指から伸びた赤い糸が気になって仕方なかった。
あたしはこれまでずっとこの赤い糸だけは読むことができないでいた。
何度も指先で触れてみたけれど糸は何も語ってはくれなかった。
ふと手繰り寄せたらどうだろうと思いつく。
それは今まで一度も試したことがなかったことだ。
やってはいけないことのような気がしていたから。
でも赤い糸がいつもと違う感じがしたから引いてみることにした。
一回引くと手ごたえがあった。
二回引くともっと手ごたえがあった。
あたしは、夢中で手繰り寄せた。
何回も何回も。
遠くにいるという半身の君を引き寄せるために限りなくそれを繰り返した。
糸の先で半身の君が引っ張られているのを想像して胸が熱くなってきた。
ところが突然、糸の先の反発がなくなった。
急に手ごたえがなくなったのだ。
しまった引っ張りすぎたかと思った。
もしかしたら向こうの糸が抜けてしまった?
でもこれで止めるわけにはいかない。
あたしは焦る気持ちで最後まで糸を手繰り寄せた。
赤い糸の終わりが近づいてきた。
でも、そこに半身の君は繋がれていなかった。
するすると糸口があたしの足元に来た。
その先に何かが付いていた。
糸を持ち上げてみる。
指だった。
切断面が真っ赤な肉色をしていた。
◇
夢から覚めるとベッドの端にさっきの綺麗な人が腰かけて、あたしのことを見下ろしていた。
「夜野まひるといいます。ご気分はいかがですか?」
「頭が重いです。それと……」
と言いかけると夜野まひると名乗った人はあたしの頭の下に手を差し入れて少し起こし反対の手でサイドテーブルのコップを取って口に充ててくれた。
その甘くてなんだか不思議な味のする飲み物で喉を潤してから、あたしは、
「喉が渇きました」
と半歩遅れで言ってしまったのだった。
そういえばもう一人いたはずだが……。
すると夜野まひるさんが、
「シャワー室にいらっしゃいますよ」
と言う。
シャワー? クロエが?
あたしの意識がまだ薄ぼんやりとしているせいか、なんだか会話がへんだ。
「クロエがですか?」
と聞くと、
「クロエ様という方は存じ上げませんが、今シャワーを浴びていらっしゃるのはユウ様です」
と言った。
そうか。あれはユウさんだったんだ。
どうりであたしのことをミユキと呼んだわけだ。
あらためてクロエとユウさんが激似なことを思い出す。
ということは扉を蹴破って入ってきたのはユウさんと夜野まひるさんで、床の上にころがった全裸のあたしをベッドに運んでくれたということか。
体に掛かったタオルケットの中を覗いてみる。
タンクトップとショーツを着させてもらっていた。
その時の様子を想像して顔が熱くなる。
部屋の奥からシャワー室のドアが開く音がした。
あたしが寝ているベッドからは見えないので足音が近づいて来るのを待つ。
「ミユキ。起きたか?」
あたしの視界に引き締まった腹筋が現れた。
見上げるとクロエとそっくりなユウさんで、まっ裸だった。
ユウさんはそんなことお構いなしで頭をバスタオルで拭きながら、
「こいつの牛乳飲んだか? クソまずいだろ。でも、すぐ回復するからな」
と言ったのだった。
「あの、着るものは?」
目のやりどころに困って言うとユウさんが自分の体を見返して、
「あ、忘れてた」
とまたシャワー室に戻って行った。
少ししてあたしのスエット上下を着ながらユウさんが再び現れた。
そして急くように、
「読んでもらいたい場所があるんだ」
と言った。
ユウさんは、あたしが場所の記憶を読むことをミユウから聞いて知っているのだろう。
それで、わざわざここに尋ねて来たということらしかった。
そう言えばミユウは?
今回の潮時もユウさんと一緒のはずだけど、いないの?
ユウさんは椅子の背に掛かっていた汚れた白いパーカーを取ると、そのポケットをまさぐり出した。
「あった、これなんだけど」
と何かを取り出そうとしたところ、夜野まひるさんがそれを手で制して、
「説明を先にして差し上げたほうが」
と言った。
ユウさんは一旦出しかけた手を止めて話し出した。
「実はミユウがいなくなったんだ。これを残して」
と言って差し出したのは、夢で見たあのちぎれた指だった。
あたしの心の中で何かが弾けて飛んだ。
あたしはそのまま漆黒の暗闇の中に吸い込まれて行った。
(毎日2エピソード更新)
この続きは明日21:00公開です
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