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辻沢のアルゴノーツ ~傀儡子のエニシは地獄逝き~  作者: たけりゅぬ
第二部 辻沢日記(コミヤミユウのセルフライフドキュメント)

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「辻沢日記 64」(ユウへのお願い)【第二部完結】

 雄蛇ヶ池への横道に足を踏み入れたとき、黙って付いてきていたクロエが突然言った。


「ねえ、ミヤミユさ。これからあたしにそっくりな人に会いに行くんでしょ? あたしも会いたいな」


あたしは思わず振り向いてクロエの顔を見た。


なんであんたがユウを知っている? 


辻沢のどこかで会ったのか? 


それともミユキに聞いたのか? 


それならミユキはあたしに言ってくれるはずだ。


頭が混乱しておかしくなりそうだ。


あたしの方が意識の閾にいるんじゃないかと疑いたくなるぐらいだった。


「ちがうよ」


 咄嗟に嘘をついた。なにかよくない感じがしたから。


「嘘。いっつも一緒にいるじゃない」


 あたしと一緒にいるところを見たということか?


名前を言わないのも知らないからか?


 クロエの顔をじっと見た。クロエもあたしのことを見返してくる。


「どうしたの?」


 あたしはその顔の中に真実を探った。でもなにも分からなかった。


「なんでもない」


 そう言って再び歩き出す。


「なんかミヤミユ変だよ」


 たしかにあたしは変だ。


でもクロエ、お前はもっと変だぞ。


 その時、首筋がチクチクしていることに気がついた。


何で? と思って手をやるとそこにタグが付いていた。


これって買ったばかりのやつ。


あたしのカレー☆パンマンと違う。


さてはお前、クロエじゃないな。




 目の前に三叉路があった。


左へ行けば、すぐそこにユウが雄蛇ヶ池のほとりで待っている。


真っ直ぐ行けば大曲大橋に出る池端の砂利道だった。


あたしは左の道を見ないで真っ直ぐ前に向かって歩を進めたのだった。


こいつが何者かわからない。


でも必ずユウに危害を加えるに違いない。


今のユウとあたしには抗う力など残ってはいないのだ。


だからあたしはなるべくこいつを遠くに連れて行き、まひるさんがユウの所に来てくれるまでの時間を稼ぐ。


そう思ったせいで足が速くなってしまったらしい。


「何でそんなに急ぐの? けちぼん池の行き方でもわかった?」


 背筋が凍るとはこのことだった。


そこまで知っててユウに会いたがるとは。


ますますユウに会わすわけにはいかなかった。


 そもそも「けちぼん」って何だよ。


《《けちんぼ》》だからな。


クロエは傀儡子だ。言い間違えなんてするわけがない。


 タグといい、「けちぼん」池といい、偽物バレバレだ。


アプローチが雑すぎんだろが。


あたしたちを攻めるんなら、もちっと用意周到にやれっての。


 池端の砂利道が上り坂に変わった。


もう少し行けば大曲大橋の袂に着くはずだった。


この夏辻沢に調査に入ったばかり、あそこのバス停まで山椒農家の蘇芳さんに軽トラで送って貰ったな。


いっつも山椒の苗木持たしてくれて。


あれ全部ホテルに置きっぱになってる。


こいつをやり過ごせたら今度水やりに行かなきゃ。


 ずいぶんと歩いた。


こいつに会って20分は経ったのじゃ無いか。


偽クロエは日陰に寄って付いてきていた。


「おねえちゃん。ウチのこと騙したでしょ」


 と背後から声を掛けてきた。


それはもうクロエの声ではなかった。


あたしは後ろを向くのも億劫だった。


それがどうした。


お前なんかにユウの居場所教えるわけないだろ。


 次の瞬間、ものすごい力で肩をつかまれ後ろに引き倒された。


それであたしは砂利道に尻餅をついてしまった。


目を上げると、そこに見覚えのあるパジャマがあった。


あのパジャマの少女があたしの目の前に立って金色の目で見下ろしていた。


山椒農家のバス停で乗車拒否された子。


傀儡子神社のすり鉢の縁であたし達を見下ろしていた子だ。


薄気味悪さはあの時と変わなかった。


「教えてくれなくてもいいもん。ウチらは血を吸えば分かるから」


 ゼミ室に現れた畑中Vを思い出す。

 

鞠野フスキはあの時、敵が血液情報からその人に擬態すると言っていたのだった。


こいつがどうやってクロエの血液情報を得たのかは知らない。


唯一の救いはクロエがユウのことをまだ知らなかったということだった。


そのためこのパジャマの少女はあたしにつきまとって、その機会を伺っていたのだろう。


本当の目的はユウだったのだ。


 パジャマの少女はあたしの肩を押さえて動けなくして、


「おねえちゃん。なんでこの山吹色のパーカーばかり着るの?」


 と唐突に聞いてきた。


「おねえちゃんも山吹の花が好きなの?」


 パジャマの少女が笑ったように見えた。


でもそれは口が少し開いて銀色の牙が覗いたからだった。


肩に乗った掌は小さかったけれど、万力のような握力で押さえつけてきていた。


周囲に強い匂いが立ちこめて来る。


田んぼのところでも同じ匂いがしていたが、それがいや増していた。


今思い出した。


松脂の匂いだ。


青墓であのリクス女が死ぬとき振りまいた匂い。


 あたしはもう逃げられそうに無かった。


あたしの血からユウの居場所が知れたとしても、もうまひるさんが来ているころだ。


まひるさんならユウのことを守ってくれる。


ただ、あたしには一つ気がかりあった。


ユウとあたしのエニシだ。


やっと見出した赤い糸。


ここからユウのことを探られるのだけは避けたかった。


カハ! 


パジャマの少女があたしの首筋に銀牙を立てた。


あたしはそこに隙を見た。


パジャマの少女の目があたしの背後にあるうちに、しなければならないことをする。


あたしは右手の薬指を口に含むと、最後の力で噛みちぎった。


口の中に血が吹き出してくる。


イッツーーーーー! 痛い! 痛すぎ! 


こんなでよく夕霧も噛み切ったな。


口にたまったものを掌に吐き出すと血に染まった薬指がころって落ちて、それに赤い糸がついていた。


あたしはその薬指を力を振り絞って雄蛇ヶ池に向かって放り投げた。


土手のブッシュの向こうで水がはねる音がした。


これでいい。


 耳元で少女の喉が鳴る音がしている。


こめかみがすうっと涼しくなった。


手足ももう言うことを聞いてくれない。


あたしは死ぬのだ。


行く先は屍人の世界。


血を求めて彷徨い未来永劫この世にとどまる宿命。


……やだな。


ユウと一緒にあたしの建てた家に住みたかったな。


ごめんね。ユウ。


できそうにないや。


最後のお願いです。


屍人のあたしをきっと見つけて、ユウの手でけちんぼ池に沈めて欲しい。


でも、あんまり無理しないでね。


さようなら。


大好きだよ。ユウ。


《第二部 完》


今回で第二部は完結です。


次回からは第三部「書かれた辻沢」(フジノミユキによるオートエスノグラフィー)をお送りします。

語り手が藤野ミユキに変り、クロエの傀儡子使いとしてこの夏を別角度から見つめます。


どうかお楽しみに。


第三部第一話は、このあと21:10に公開します。


(毎日2エピソード更新)


よろしくお願いいたします(*ᴗˬᴗ)⁾⁾⁾


たけりゅぬ

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