「辻沢日記 62」(スカンポの小道)
あたしはひだる様の鎌爪が脳天に打ち下ろされるのを待った。
目をつぶったまま沈黙の時が過ぎる。
あたしはなかなか死なないようだった。
恐る恐る目を開ける。
頭上に鎌爪の切っ先が迫っていたが、それは少しも動いていなかった。
周りを見ると全てのひだる様が同じ方を向いて凝固していた。
その視線の先で東の空が紫色に染まっていた。
青墓に夜明けが来たのだった。
目の前のひだる様はゆっくりと鎌爪を下におろすと、他のものたちと一斉に流砂地帯に向かって歩き出した。
さっきまであんなに執拗だったのに、ユウとあたしなど存在しないかのごとく二人の側をかすめて通り過ぎて行く。
やがて、ひだる様が全て去り、ユウとあたしは雄蛇ヶ池の岸辺に取り残された。
その場にへたり込んで雄蛇ヶ池を見ていると、だんだん水かさが増してきて白い砂地が見えなくなり、いつもの深い緑の水面に戻っていった。
あたしは横たわったユウの隣に座って、ユウの左手にあたしの右手を並べてみた。
見ているうちに、あたしの薬指に赤い結び目が現れ、そこからユウの左手に向かって赤く染まった糸が伸びていった。
それはユウとあたしを繋ぐエニシの糸だった。
「ユウ。この赤い糸が見える?」
ユウが目を開けて自分の左手を見た。
「うん」
「いつから?」
「ずっと見えてたよ」
そうか。
見失っていたのはあたしだけだったんだ。
でも、これでもう大丈夫。
これからもユウとあたしはずっと一緒だ。
「動ける?」
「無理」
そうだろうと思う。
ユウは潮時に全エネルギーを使い尽くす。
潮時が終わった後はいつもあたしに担がれて元の場所にもどっているのだ。
今回はあたしに力を分けていたからなおさらユウの疲労がひどかった。
そしてあたしもユウにもらった力が嘘のように消えてしまっていて、今は立つのがやっとだった。
「どうしよう。あたしもユウを運べそうにない」
「あいつ呼ぼう」
「まひるさん?」
「明け方には帰るって言ってた」
まひるさんは出かけてたのか。
それで車がいつもと違ったのね。
「連絡方法教えて」
「ホテルに電話して、スカンポ下さいって言ったら繋げてくれる」
そうなんだ。
早速リュックを探したがスマホがなかった。
ミユキに貸したの忘れてた。
ユウが持ってるわけないし。
「近くのコンビニで電話してくる」
雄蛇ヶ池から一番近くのコンビニはバス通りに出て少し行ったところだ。
たしか公衆電話があったはず。
立ち上がると、ふらふらしたが何とか歩けそうだった。
ユウを運べなさそうなので雄蛇ヶ池の岸辺に残すことにする。
辺りを注意深く見回したが、しつこいヒダルの姿はなかった。
夜明けとともにみんなお家に帰ったと思いたい。
「ちょっと待ってて」
ユウにそう声を掛けてあたしは一人、林の中の小道をバス通りまで歩き出した。
林の下草に朝露が降りて路傍の草もキラキラと輝いていた。
夏のスカンポが大きな葉を茂らせている。
こうなるとただの雑草のイタドリ。食べられるのは春先の若芽なんだよね。
それにしてもお腹減った。
バス通りに出て少し行くと田んぼの中の一本道になる。
そこを稲穂の香りを乗せて朝風が吹いてきた。
肌寒さを感じるのはTシャツもデニムも濡れているからだ。
はやくお風呂に入りたかった。
熱いシャワーを浴びて体中についたひだる様や屍人の残滓を洗い流したかった。
そしてふかふかのベッドに寝ころぶのだ。
きっと秒で眠りに落ちることだろう。
(毎日2エピソード更新)
続きはこのあと21:10に公開します
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たけりゅぬ




