「辻沢日記 48」(未知なる潮時)
あたしが助手席側の窓を叩くと、ユウの目が見開いた。
その目はすでに真紅で、覗き込んだあたしをギュッと睨み付けてきた。
傀儡子神社に初めて行った時の記憶が蘇る。
ユウの情動がこちらに向けられた時の恐怖とあきらめ。
あたしは後ずさりして車から離れようとした。
するとユウの口元が動いた。
「待って」
そう言っていた。
あたしは足を止めて車の中をもう一度よく見てみた。
ユウは助手席に身を乗り出して、真紅の目でこちらを見ていたが、眉間に深い皺を刻んで何かを訴えかけようとしていた。
窓が開いた。
「まだ大丈夫だから」
とユウが手招きする。
あたしはドアを開け恐る恐る助手席に滑り込んだ。
「意識はあるんだね」
「なんとかね」
意識の閾にいて、まだ人寄りということか。
突然、ユウが目をつむって身を固くした。
地の底から響くような嗚咽がして口の端からよだれが垂れた。
そのまま勢いよくハンドルに突っ伏す。
地下駐車場に乾いたクラクションの音が響いた。
その音で自分が恐怖で動けなくなっていたことに気付く。
ユウはしばらくその体勢のままで、白いパーカーの背中がまるで別の生き物のようにぞわぞわと蠢いていた。
そんな状態なのに、ユウはあたしに力なく手を振って見せた。そしてかすれた声で、
「まだだから」
いつ飛ぶかわからない意識を必死に押さえつけているのだ。
ユウは再びシートに寄りかかり荒い息をしている。
相当の負荷がかかっていることが分かる。
あたしはそんなユウを黙って見ていられなかった。
自分の手をユウの肩に添えようとしたら突然ユウがあたしの手を掴んだ。
ぞわっと背筋が寒くなる。
あたしが手を振りほどこうとすると、
「繋いでいてほしい」
とさらに力強く握った。
「なんで?」
「試したい」
「なにを?」
「このままか」
つまり、人の身のまま潮時を乗り切れるかということを。
「どうして?」
「ミユウとならできそうだから」
あたしは握りあった手を見つめた。
幼かったユウとあたしが、傀儡子神社までこけつまろびつ歩いた時の小さな手が重なって見えた。
「わかった」
あたしも、ユウが発現を乗り越えられたらどんなにいいかと思うから。
ユウは潮時でなくても発現出来るようになっていた。
青墓でリクルートスーツの輩に襲われたとき、それを見せられたのだった。
今回はその逆、潮時に発現しないことを会得しようとしている。
「あれは人を超えた何かだから」
潮時のことをユウがそう答えたのを思い出す。
もし、この状態でユウの意識が消え完全に人でなくなってしまったら。
その時はあたしの首が飛ぶ。
地下道のじめついた地面に落ちたあたしの首をユウが見下ろすことになる。
その時ユウはどんな顔をしているだろうか?
本性のままに愉悦の笑みを浮かべるだろうか。
それとも、人としてあたしのために泣いてくれるだろうか。
車の中はユウの荒い息の音が続いていた。
手を繋いだままシートに収まっていても不安を拭えそうになかった。
それで二人で相談して外に出ることにした。
フロントガラスから地下駐車場の出口が見えている。
手を繋いで歩くあの先に、未知なる潮時が待ち構えている。
(毎日2エピソード更新)
続きはこのあと21:10に公開します
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