「辻沢日記 41」(潮時の予感)
夢だとすぐわかった。
あたしはどこかの小さなアパートの台所に立ってきんぴらごぼうを煮ていた。
時折吹いてくる風が北側の玄関のドアを叩いて行く。
居間の6畳ではユウがテレビのバラエティー番組を見ながら笑っていた。
南の窓から昼の日が差し込んで、部屋をぬくもりが満たしていた。
ゴトっという音がした。
6畳に急いで行くと畳の上に醤油瓶が落ちて黒々としたシミができ始めていた。
それにつれてユウの笑顔がジリジリと暴悪な表情に変わり始めた。
殺されると思った瞬間、目が覚めた。
◇
目が覚めると紫子さんの部屋の天井が見えた。
背中が寝汗でびっしょりと濡れている。
胸の内で何かがざわざわと騒がしい。
そうか、もうすぐユウの潮時が来るんだな。
傀儡子には必ず潮時があるけど、獣になる発現の仕方はそれぞれだ。
クロエのように新月と満月ごとに必ずという場合もあるが、ユウは不定期で、一か月で発現することもあれば、3か月ぐらい発現しないときもある。
それでも、あたしにはユウの発現が近いことがわかる。
今のように夢であったり、得体のしれない悪寒またはほてりであったりするけれど、それが自分の体調かユウの発現の兆しかを今まで一度も間違えたことはなかった。
今回のように夢見の時は、次の新月にそれが来る。
そしてそれまで、段々とユウとの距離が離れていく。
もしかしたら朝のこともその兆しであったかもしれない。
昨日のメールで迎えに来なくていいと書いたので今日は赤いスポーツカーはなし。
紫子さんから手渡された多めのおにぎりをリュックに入れて、歩きで山の中を傀儡子神社まで行く。
朝方降った雨のせいで道は濡れているが滑って歩きにくいというほどでもなく山中は涼しいので歩みも快調だ。
街道から山道に入るところの鳥居をくぐったあたりから森の下草がガサガサと音を立てて、無駄にその存在を主張しはじめた。
きっとヒダルだろうけれど、こちらに何かないと襲って来ないので、気にせず進む。
山中の見晴台に着いて一息つく。
今日は雲も晴れて辻沢の町が一望できた。眼下の青墓の黒い樹海は平地にへばりついて沈黙し、昨日のユウの躍動を飲み込んだまま動かない。
下草を踏む音が聞こえた。
背後に視線を感じる。
振り返ると、さっと草陰に身を隠したのは人だった。
一瞬だったがその顔が識別できた。
四ツ辻の長老の《《けさ》》さんだった。
そうか、あの人はヒダルに取り憑かれていたのか。
おおかた宿主の死期を悟って次の獲物でも探しているのだろう。
そちらの都合がどうあれ、あたしには関係ない。
あたしはあなたに取り憑かれたりはしない。
傀儡子神社に着くと境内の水は全部引いてなくなっていた。
凹みの所に名残の水溜まりはあるけれど、今朝の様子だけ見たならば、池のような状態だったとは想像できないのじゃないだろうか。
昨日実測した水の噴出口を探すと、カニの穴のような跡が弧を描きながら並んでいた。
それを見てあたしの予想は確信に変わった。
この下には何か埋まっている。
(毎日2エピソード更新)
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