「辻沢ノーツ 10」(鞠野フスキ式アンケート)
今夜泊まるところは駅近のヤオマン・イン、一泊6000円のよくあるビジネスホテルだ。
部屋に入り、シャワーを浴びてパーカーとデニムに着替えると、ロビーで皆と落ち合って夕食に出かけた。
鞠野先生はグレイのボーダーポロシャツ。よく町でおじさんが来てるやつ。
ミヤミユはカレーパン☆マン柄のトレーナにデニム。
サキは白Tシャツにショートパンツ。
「着替えこれしか持ってこなかった」そう。
ホテルの周りはどこも混んでいたので駅前まで出ることにする。
夜の街はすっかり祭の風情で、店先のしめ縄が風に揺れ、提灯の明かりが灯されていた。行き交う人もどこか浮かれているように感じる。
でも祭りは明日。まずは今夜のお店を探さなければ。
一番最初に目に入ったのはファミレスのヤオマンだったけど、昼のイタトマバーグを思い出してそこはスルーした。
街全体がお祭り気分のせいでどこの飲み屋さんも混んでいる。
探して探して、雑居ビルの5階にあった「ひさご」っていう居酒屋さんに入った。
本当はあたしたちはそのビルの隣のケーキ屋さん兼レストランがよかったのだけれど、やめにしたのは、ケーキ屋さんに鞠野フスキってどうよってなったからだった。
ひさごの狭い入り口で案内を待ってると、お会計して出てきた女の人がすれ違いざま、
「ユウじゃん。おひさ。元気?」
とあたしの肩を叩いて階段を降りて行った。
またユウだ。川田先生が言ってた人と間違えた?
「知り合い?」
ミヤミユに聞かれたけど、咄嗟のことで顔も見なかったし、辻沢に知り合いがいるとも思えないから、
「多分、人違い」
とだけ答えた。
席についてお手拭きよりも先に出て来たのが、ゴマも入っていないゴマ摺りセットだった。
小型のすり鉢にクレヨンほどのスリコギつき。とんかつでも出すのかな?
「何に使うんだろ」
「山椒の産地だから」
ミヤユミが物撮りしながら言ったけど、あたしにはゴマ摺りと山椒の関係が分からない。
それに気づいたのか鞠野先生が、
「ゴマ摺りのスリコギ棒は山椒の木から作られるからね。
君たちのお着替えを待ってる間、近くの土産物屋を覗いて来たんだけど、山椒の詰め合わせセットに並んで、辻沢産スリコギ棒ってのもあったよ。ほら」
と撮った写真をコンデジの液晶で見せてくれた。
「先生、それSNSにアップしてください」
と突然ミヤミユが前のめりになった。
鞠野先生とミヤミユがデータのやり取りであれやこれや初めてしまうと、あたしはひとり取り残された感じになった。
正面にいるサキは相変わらずスマホに夢中だから。
なにげに店内を見渡してみると、どのテーブルにもスリコギセットがあって、みなさん、話しながら飲みながらゴリゴリさせてる。
これって辻沢で流行ってるのかな。ひょっとして楽しいのかも。あたしもやってみよう。
ゴリゴリゴリゴリ。
楽しくはないな。
ゴリゴリゴリゴリ。
でも、匂いか振動のせいか知らないけど、なんか落ち着く。
さらに、ゴリゴリゴリ。
だんだんほっこりして来た。
さらにゴリゴリ。
「どうしてみんなスリコギを摺ってると思う?」
ぼうっとしてたら鞠野先生が聞いて来た。
あたしが、へっ? ってなってたら、
「まじないなんじゃないかと」
ミヤミユが答えた。
「どうかな。野太くんはどう思う」
あたしに分かるはずないが、ここは体感覚で、
「わからないですけども、リラックスするからとか」
「なるほど。で、この疑問を解決するにはどうしよう」
「インタビューですか?」
「みんな楽しそうにお酒飲んでて、インタビューは難しいかな」
「アンケートでしょうか」
「そうね、それがいいかもね。でもどうやろう。用紙ある?」
「フォーマットはノートPCに入ってますが、印刷しないと」
「だよね。こういう時はこうするんだよ」
と言うなり鞠野先生は席を立って店の真ん中まで行き、大声を張り上げて、
「店内の皆さん。これからアンケートをとります。該当する人は手を挙げてくださーい」
店の中の何人かが鞠野先生に注目した。
「お楽しみのところ、すみません。アンケートにご協力いただけたら、私が歌をプレゼントします」
「いらねー」
「宗教の勧誘かー」
「なんだ、変な余興ー」
鞠野先生は、飛んで来る野次を全無視して、
「それでは、質問でーす。
ゴマスリについて伺います。
どうして今、皆さんはゴマスリをしてますか? 該当するものに挙手お願いします。
リラックスするからという人、1、2、3名」
先生の勢いにのまれたのか、何人かの人が手を挙げた。
「料理のための人。1人」
すぐそばの女性が周りを見ながら自信なさげに挙げている。
「おまじないの人。1、2、3、4、たくさん」
「ヴァンパイア避けだよ」
「あんた、よそ者かい? 辻沢の常識」
「辻沢のヴァンパイアはゴリゴリ音が嫌いなんだよ」
「それ、ゴマの匂い」
「ゴマ入ってねーし」
それぞれに微妙に違う理由で同じことをしているようだった。
「ご協力ありがとうございました。それでは歌を一曲」
拍手。
鞠野先生がアカペラで歌を歌った。
聞きほれてしまうほどうまい。でもあたしには何の歌か分からなかった。
盛大な拍手を受けて席に戻った鞠野先生に、
「ヴァンパイア避けだったんですね」
と言うと、
「そうだね。でも、私は理由に興味はないんだよ。
我々の調査の目的は真実を明らかにすることじゃない。
そんなものは存在しないからね。
重要なのは、それがこの社会、すなわちそれをする人たちにどんな意味があるかってことだよ」
レクチャーだった。鞠野先生はいっつも不意打ちだ。
そう言えば、
エレベーターで鳴ってたゴリゴリーンって音も、
ゴリゴリカードって名称も、
そっか、ゴマスリのゴリゴリって音がモチーフなのか。
それが分かった途端、急に辻沢の世界が近づいた気がした。
あたしはカバンの中に入れっぱなしの封筒を取り出して中身を開けてみた。
出てきたのは3枚のカードで、それぞれ違う制服の女子高生がプリントされていて、ゴマスリとは関係なさそうなデザインだった。
「これって辻女の制服だよね」
「だね」
サキがスマホに目を落としたまま、こっちを見ないで返事をする。
「このモデルの子、秘書さんに似てない?」
「エリって人のこと? あるかもね」
ミヤミユが一枚手に取って、
「でも、健康的すぎるかな。あの人ちょっと見、病み上がりみたいだった」
エリさんの透き通った肌に浮かぶ青い血管を思い出す。
「こっちのは青州女学院ってある。そっちは成美女子工業高校だって」
サキがスマホから目を上げて言った。
「それ蒐めてるんだよね。一人一枚もらえるなら、ウチは青州女学院のがいい。それでコンプする」
「コンプしてどうなるの?」
「アドバンテージになる」
サキはスマホに目を戻す。
「何の?」
「ゲームの」
「何のゲーム?」
サキはそれ以上は話したくないのか、再びスマホに目を落として黙ってしまった。
ビールで乾杯してから、明日の予定の話をした。
午前中は調査の間お世話になるお宅にご挨拶に行く。
そこは辻沢では知られた旧家で、そちらの離れを宿泊地として借りられることになっている。
ありがたいことにお台所もお風呂もあるらしい。
そこで夏の間、3人で共同生活をしながらフィールドワークする。
挨拶が終わったら、祭までの時間を使ってバモスくんで辻沢を見て回る。
これが今回辻沢に来たキモ、事前調査ってやつ。
あたしの場合は、家系調査をする都合上、旧家がありそうな郊外を見ておきたいし、ミヤミユは古い家屋が見たいはずで、バイパス向こう側の農家が点在する地域。
サキのテーマは「辻沢のIT生活」だから、街なかでいいのかな。
9時にはひさごを出た。
あんまり沢山は食べれなかったけど、山椒尽くしのおツマミはとっても美味しかった。
ミヤミユの希望で、お土産屋さんを見て回ろうってなったけど、サキは帰って寝ると言ってホテルに戻ってしまった。
妙にあたしに冷たい感じ。機嫌でも悪くさせたかと気にしていると、
「いつもあんなだよ」
とミヤミユが慰めてくれたけど、夏休みの共同生活が思いやられる。
駅舎に行くと、「ゴマスリで町おこし」という幟が立ったスリコギ売り場があった。このキャッチフレーズって、へりくだりすぎなんじゃ?
そこのおじさんにしつこくゴマすりセットを薦められたけど、なんとかスルーしてお土産屋さんに向かう。
商品は山椒関係ばかり。ミヤミユはフジミユへのお土産を探してるんだろう。
あたしは、8月に仕事を変わってもらうバイトの子たちへのお土産に山椒ウエハースを買った。
お菓子だけど甘いのか辛いのか分からない系の。
駅前で鞠野先生におやすみなさいして、あたしたちはホテルに帰った。
エレベーターでミヤミユが、
「鞠野フスキどこ行ったんだろ」
「飲み足りないんじゃない?」
実際あたしも飲み足りなかったから。
「ううん、お昼のこと。あの後、お線香くさくなかった?」
そう言われてみると、先生の上着からお線香の匂いがしてた。
部屋の前でミヤミユにバイバイした。
寝る前電気を消して窓から辻沢の夜の景色を見た。
辻沢の底に静かに広がる気配があるような気がした。
祭のものだろうか、それとも別の何か?
明日の事前調査、ゴリゴリの時みたいな発見があればいいな。
(毎日2エピソード更新)
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