いないはずの誰か
なあ、ちょっと聞いてくれ。
俺さ、この前の夏休み、何年かぶりに母方の田舎に帰ったんだよ。
山の奥にある、ほんと静かな集落でさ。コンビニもないような場所。
ばあちゃんが亡くなって、空き家になった古い家を少しだけ片付けに行ったんだ。
母さんと俺、ふたりだけ。
車で3時間かけて、夕方前に着いた。家は古びてて、ところどころ木が軋んでたけど、まだちゃんと建ってた。
中に入ると、あの独特のにおい。古い木と畳の、少しカビたような匂い。懐かしいけど、ちょっとだけ気味悪くもあった。
で、その日はとりあえず掃除して、晩ごはん食べたら、夜になった。
俺たちは2階の和室で寝ることにした。布団を敷いて、窓をちょっと開けて。風鈴がカラン…って鳴るのが、妙に落ち着いた。
……でも、夜中。
目が覚めたんだ。変な音がしたんだよ。
パタ……パタ……って、誰かが廊下を歩くような音。
最初は「母さんかな」と思ったけど、隣で寝てる気配がある。ちゃんといる。
静かに寝息を立ててた。
それでも、その足音は止まらない。
ゆっくり、ゆっくりと――廊下を横切る音が続いてる。
しかも、それが時々止まるんだ。ピタッと。……で、また、こっちに近づいてくる。
俺、怖くてさ、息もできないくらい固まってた。
目を閉じて、「気のせいだ」って思い込もうとした。でも――
「……ねえ……いるの?」
って、ふすまの向こうから声がしたんだ。
それも、同じ年くらいの女の子の声。
かすれたような、風に流されそうな声。けど確かに、そこにいた。
心臓がバクバクしてた。
「見たらダメだ」って、直感で思った。
だけど、音がまたするんだよ。
**カリ……カリ……**って。
ふすまの紙を、爪か何かでひっかいてるみたいな音。
怖くて、どうしようもなくて。
そしたら、母さんが急に寝返りを打った。
その瞬間、全部の音が止まった。
まるで、誰かが「見つかった」って思って逃げたみたいに、ピタッと。
翌朝、震えながら話したんだけど、母さんは全然知らなかったって。
しかも、ふすまを見たら――中指の爪くらいのサイズで、引っ掻き傷があった。昔飼っていた猫がつけたものだったかもしれないし、本当にそこに誰かがいたのかもしれないとも思った。
でもさ、それだけじゃないんだよ。
もう帰る日の朝、近所の婆ちゃんに「よう来たね」って言われたとき、
「昨日、誰か来とったやろ?」って聞かれたんだ。
「ん?」って返すと、婆ちゃん、少しだけ眉をひそめてこう言った。
「その家な、昔、あんたと同じ歳くらいの子が……
ふすまの向こうから“遊んで”って、よう呼んどったんよ……でも、誰にも気づいてもらえんかったんやて」
その時の風が、妙に冷たくてさ。
夏なのに、背中がゾワッとしたんだ。
ほんと、あれ以来――俺、もうふすまの向こうに“誰かがいる気配”ってだけで、ガチで怖い。
ー 後日また、あの婆ちゃんに会った。
「あれから何もないかい?」と聞いてきた。
「いや、ないけど」と答えた俺を見て、婆ちゃんは安心したような表情をした。
「あの子はね、あなたと双子で生まれる予定だった子だよ。だから、たまにあんたのとこに遊びに行っちまうんだ。」
「え、。どういうこと?」
「でも大丈夫。もう生まれる予定が決まったんだ。またどこかでおまえさんと会えるだろうよ。」
おれはなんだか、その子に会えることが楽しみになった。
この世界は宇宙がたくさんある。
主人公と幽霊の女の子が、双子や兄弟で生まれた世界と、生まれなかった世界。友達として生まれた世界。近所のよく遊ぶ友達として生まれた世界。人は皆だれもが、その中から一つを選んで生まれきている。偶然なんてものはない。選んだ奇跡の連続の上に立っていることを忘れてはならない。
なぜなら、今あるものは、“今だけ”なのだから。