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第97話 写真館での発見

写真館への道を歩きながら、健司が古い医学書を取り出した。


「これ、俺の本棚にあったんだけど」


革装丁の立派な本。医学生なら誰もが欲しがる専門書だ。


扉を開くと、献辞があった。でも、署名の部分だけがインクで滲んで読めない。


『健司さんへ 医師への道を進むあなたに いつも応援しています ——』


そこから先は、完全に滲んでいて判読不能。


「誰からもらったんだろう。大切な人だった気がするのに」


ルカも同じような経験があった。部屋で見つけた手紙、レシピノート、写真の裏の走り書き。どれも送り主が分からない。でも、愛情に満ちている。


写真館に着くと、ルカは魂写機を健司に見せた。


「これ、使い方が完璧に分かるんです。でも、誰に教わったか思い出せない」


健司が魂写機を手に取る。医師らしい慎重さで、構造を確認していく。


「複雑な機械だ。これを使いこなすには、相当な訓練が必要なはず」


「でも、体が覚えてるんです。シャッタースピード、絞り、現像の手順まで」


二人で現像室に入る。赤い光の中で、ルカは慣れた手つきで作業を始めた。


現像液の配合、温度管理、時間の計測。すべてが完璧。まるで、何年も修行を積んだ職人のように。


「すごいな...」


健司が感嘆する。


「きっと、優秀な師匠がいたんだ」


「師匠...」


その言葉が、胸に響いた。そう、誰かに教わった。優しく、丁寧に、根気よく。失敗しても怒らずに、できるまで付き合ってくれた人。


でも、それが誰なのか――


■永遠に届かない記憶


夕暮れ時、二人は縁側に座っていた。梅雨の晴れ間の夕日が、村を金色に染めている。


「ねえ、健司さん」


ルカが口を開いた。


「私たち、同じ人を探してる気がする」


「ああ、俺もそう思う」


「でも、永遠に思い出せない気もする」


その言葉に、二人は沈黙した。


そう、何かが記憶を阻んでいる。まるで、思い出してはいけないことのように。でも、なぜ?


「もしかしたら」


健司が言った。


「その人が、俺たちのことを想って」


「想って?」


「忘れさせたのかもしれない。俺たちが前を向いて生きられるように」


その推測に、ルカの目から涙がこぼれた。


そんなことがあるだろうか。愛する人に、自分を忘れさせる。そんな辛い選択を。


でも、もしそうだとしたら――


「優しい人だったんだね」


「ああ、きっと」


二人は夕日を見つめながら、名前も知らない誰かを想った。


■夜の決意


その夜、ルカは日記を書いた。


『6月25日。


今日も、あの人を思い出せなかった。


白い着物、優しい雰囲気、そばにいてくれた温もり。 それだけは分かるのに、名前も顔も浮かばない。


でも、確かにいた。 私を愛してくれて、私も愛していた人。


健司さんも同じみたい。 二人とも、同じ人を失った。 そして、思い出すことを許されていない。


なぜだろう。 きっと、その人が私たちのために選んだ道。 私たちが前を向いて生きられるように。


でも、忘れない。 名前が分からなくても、この想いは消えない。


懐中時計は今日も七時四十二分。 いつか、この針が動く日は来るのかな。


来なくてもいい。 ただ、この時計を持っている限り、 あの人とつながっている気がするから。


愛してる。 名前も知らない、大切な人。 どこにいても、ずっと愛してる。


追伸。 今日撮った写真にも、白い影が写っていた。 前より少しだけ、はっきりと。 もしかしたら、いつか顔が見えるかもしれない。


その日まで、写真を撮り続ける。 あの人が教えてくれた、この技術で。 あの人が残してくれた、この想いで。


それが、私にできる唯一のこと』


ペンを置いて、ルカは窓の外を見た。


満月が昇っている。白い霧が月光に照らされて、幻想的に輝いていた。


その霧の向こうで、誰かが微笑んでいる気がした。優しく、温かく、少し寂しそうに。


「おやすみなさい」


誰に向けてかわからない挨拶。でも、きっと届いている。


枕元に懐中時計を置いて、ルカは眠りについた。


夢の中でなら、会えるかもしれない。名前も知らない、大切な人に。


■白い影の動き


深夜、ルカは物音で目を覚ました。


いや、物音ではない。何か、気配のようなものを感じて。


部屋を見回すが、誰もいない。でも、確かに誰かがいる気がする。


月明かりの中で、ふと壁の写真を見た。


白い影が、動いた。


一瞬のことで、見間違いかもしれない。でも、確かに写真の中の白い影が、こちらを向いたような――


「誰...?」


小さくつぶやく。返事はない。でも、部屋の空気が優しく揺れた。


まるで、「ここにいるよ」と言っているかのように。


ルカは布団から出て、写真に近づいた。白い影は、元の位置に戻っている。動いたのは、やはり見間違いだったのか。


でも、よく見ると、影の形が少し違う。前は横を向いていたのに、今は正面を向いている。そして、手が――


手が、何かを指差している。


視線を辿ると、机の引き出しを指しているようだ。


恐る恐る引き出しを開けると、そこに小さな紙切れがあった。いつ入れたのか記憶にない。


震える手で広げると、そこには一言。


『夢写師』


文字は滲んでいて、誰が書いたのか分からない。でも、この言葉を見た瞬間、ルカの中で何かが共鳴した。


夢写師。


それが、自分の進むべき道のような気がした。


朝まで眠れず、ルカはその言葉を何度も口にした。


「夢写師...夢を写す人...」


それが何を意味するのか、まだ分からない。でも、きっと大切なこと。


あの人が残してくれた、道標のような気がして。


窓の外では、朝焼けが始まっていた。新しい一日の始まり。


でも、ルカの中では、もっと大きな何かが始まろうとしていた。


白い影を追いかける、長い旅の始まりが。

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