第92話 消えゆく記憶
金色の雨が降る中、村のあちこちで奇妙な現象が起き始めた。
ある家では、主婦が仏壇の前で首を傾げていた。
「あれ...この写真...」
家族写真を手に取る。夫と自分、そして息子。でも、なぜか構図が偏っている。まるで、もう一人いるはずの場所が空いているような。
「なんか違うような...でも、元からこうだったかしら」
写真を見つめているうちに、違和感も薄れていく。記憶が少しずつ修正され、最初から三人家族だったような気がしてくる。
別の家では、老夫婦が古いアルバムを開いていた。
「この写真、誰かが消えとる」
「何を言うとるんじゃ。最初からこうじゃろう」
「いや、違う。ここに誰かが...白い着物の...」
でも、次のページをめくる頃には、その違和感も忘れてしまっていた。
写真館でも同じことが起きていた。展示されていた写真から、誰かの姿が消えていく。でも、誰も気づかない。最初からそうだったと、記憶が書き換えられていく。
村の記録からも、ある人物の痕跡が消えていった。出生届、学校の名簿、診療記録。すべてから一人の人間の存在が抹消されていく。まるで、最初から存在しなかったかのように。
■写真館での発見
ルカと健司は、なぜか写真館に向かって歩いていた。
「どうして写真館に?」
「分からない...でも、行かなきゃいけない気がして」
二人の足は、無意識に懐かしい場所へ向かっていた。金色の雨の中を歩きながら、ルカは不思議な感覚に包まれていた。この道を、誰かと一緒に歩いた気がする。手を繋いで、笑いながら――
写真館の前に着くと、建物全体が金色の光に包まれていた。古い木造建築が、まるで内側から発光しているかのように見える。
「鍵...」
ルカは戸惑った。なぜ自分が写真館の鍵を持っているのだろう。でも、ポケットを探ると、確かに古い真鍮の鍵があった。
鍵を差し込むと、扉はすんなりと開いた。まるで、帰りを待っていたかのように。
中に入ると、懐かしい匂いがした。現像液の匂い、古い木の匂い、そして...
「誰かが、ここにいた気がする」
ルカがつぶやいた。店内を見回すと、カウンターの上に何かが置かれていた。
白い封筒。
宛名は「ルカへ」とだけ書かれている。でも、差出人の名前はない。いや、あったのかもしれないが、インクが滲んで読めなくなっている。
震える手で封を開けると、中には手紙が入っていた。
『愛するルカへ
この手紙を読むとき、私はもうあなたの隣にはいないでしょう。 でも、悲しまないで。私は消えるのではなく、別の形で存在し続けます。
懐中時計を大切にして。 七時四十二分――写し世と現世の境界が最も薄まる結節点。 いつか、時が来れば、再び針が動き出すでしょう。
健司さんのこと、頼みます。 彼には伝えられなかったけれど、私は――』
そこで文章は途切れていた。まるで、書いている途中で力尽きたかのように。
「これ...誰から?」
ルカの目から涙がこぼれた。理由は分からない。でも、この手紙がとても大切なものだということは分かる。
「俺にも、何か...」
健司が壁の写真を見つめている。どの写真も美しく撮れているが、なぜか物足りない。まるで、主役が欠けているような。
「ここに、大切な人がいたんだ」
確信はあるが、それが誰なのか思い出せない。ただ、胸の奥に温かい想いだけが残っている。




