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第86話 写真館での最後の時間

夕方、写真館に戻った。


長い一日だった。でも、充実していた。


思い出の場所を巡り、過去を振り返り、愛を確認した。


『疲れた?』


健司がルカを気遣う。


『ううん、大丈夫』


ルカは元気に答えるが、少し疲れているようだ。


『でも、楽しかった』


『チヨ姉ちゃんと、最後にいろんな所に行けて』


最後。


その言葉が、現実を突きつける。


でも、ルカは明るく続けた。


『あ、そうだ!』


『最後に、もう一枚写真撮ろう』


また写真。


ルカは本当に写真が好きになったらしい。


『今度は、家の中で』


『リビングで、いつもの場所で』


三人でリビングに移動する。


いつも家族で過ごした場所。


ソファ、テーブル、本棚。


すべてに思い出が詰まっている。


『ここに座って』


ルカが健司を誘導する。


『チヨ姉ちゃんは、真ん中ね』


見えない自分を、ちゃんと計算に入れている。


ルカがカメラをセットして、急いで位置につく。


『はい、チーズ!』


シャッターが切られる。


今度は、影写りの粉は使わない。


普通の写真。


きっと、自分は写らない。


でも、それでいい。


二人の笑顔が残れば。


それだけで、十分。


■最後の夕食準備


夕食は、健司が作ることになった。


『今日は、俺が』


彼の申し出に、ルカも賛成した。


『じゃあ、私は手伝う』


二人で台所に立つ。


チヨは、それを見守ることしかできない。


でも、二人の様子を見ているだけで、温かい気持ちになる。


健司は医師らしく、手際よく料理を始める。


『まず、野菜を切って』


『ルカちゃん、人参お願い』


『はーい』


二人の共同作業。


それは、まるで家族のよう。


いや、もう家族なのかもしれない。


血の繋がりはなくても、心で繋がっている。


料理をしながら、健司が呟く。


『チヨは、いつも楽しそうに料理してた』


『歌いながら作ることもあった』


歌?


そんなこともあったのか。


『音痴だったけど』


健司が苦笑する。


『でも、幸せそうだった』


幸せ。


そう、きっと幸せだったのだろう。


大切な人のために料理を作る。


それは、愛情表現の一つ。


ルカも思い出を語る。


『チヨ姉ちゃん、失敗することもあったよね』


『塩と砂糖を間違えたり』


『でも、笑って誤魔化してた』


そんなこともあったのか。


完璧じゃない自分。


でも、それでいい。


失敗も含めて、人生。


『でも、愛情は本物だった』


健司が優しく言う。


『どんな料理も、美味しかった』


『愛情が、最高の調味料だから』


その言葉に、救われる。


料理が完成した。


シンプルな家庭料理。


でも、二人が心を込めて作ったもの。


『できた!』


ルカが嬉しそうに料理を並べる。


やはり三人分。


最後まで、家族として扱ってくれる。


その優しさが、魂に染みる。


■夕暮れの決意


夕食を終えて、三人は縁側に座っていた。


西の空が、少しずつ茜色に染まり始めている。


もうすぐ、太陽が沈む。


そして、東からは満月が昇ってくる。


『きれいな夕焼け』


ルカが呟く。


でも、その声には緊張が混じっている。


時間が近づいているのを、皆感じている。


健司が、小さな包みを取り出した。


『これ、持っていて』


地面に文字を書く。


『守り袋。三人の写真が入ってる』


今日撮った写真。


リビングでの最後の家族写真。


ルカも、何かを取り出した。


『私からも』


それは、小さな鈴だった。


『音は聞こえないけど、振動は伝わるよね』


『寂しくなったら、鳴らして』


二人の優しさが、胸に沁みる。


でも、もう物を持つことはできない。


それでも、想いは受け取った。


健司が立ち上がった。


『そろそろ、準備しよう』


ルカも頷く。


でも、その顔には不安が浮かんでいる。


『大丈夫かな...』


『大丈夫』


健司が優しく言う。


『チヨがいる。俺たちもいる』


『三人一緒だ』


その言葉に、ルカは少し元気を取り戻した。


『うん、そうだね』


『三人一緒』


二人は部屋に戻り、最後の準備を始めた。


九つの欠片を確認し、白い布に包む。


懐中時計も準備する。


そして、チヨのために用意したもの——


白い着物。


橋爪家の巫女が代々着てきた、神聖な装束。


『チヨ姉ちゃんに、着せてあげたいけど...』


ルカが悲しそうに呟く。


もう、触れることはできない。


でも、その気持ちだけで十分だった。


■月の出を待つ


午後6時30分。


太陽が地平線に近づいている。


空は、オレンジから紫へと移り変わっていく。


そして、東の空には——


『月が出てきた』


ルカが指差す。


まだ薄明るい空に、白い満月が姿を現し始めた。


今夜の月は、特別に大きく見える。


そして、明るい。


まるで、これから起こることを見守るかのように。


健司が時計を確認する。


『あと1時間ちょっと』


7時42分。


運命の時刻まで、もう少し。


『怖い?』


健司がルカに尋ねる。


『...うん』


ルカは正直に答えた。


『でも、やらなきゃ』


『チヨ姉ちゃんのためにも』


その覚悟が、頼もしくも切ない。


15歳の少女には、重すぎる運命。


でも、ルカは前を向いている。


姉から受け継いだ、強さと優しさを持って。


チヨは、二人を見守りながら思った。


この二人なら、大丈夫。


自分がいなくなっても、支え合って生きていける。


それが、何よりの救いだった。


『井戸に向かう前に』


健司が提案する。


『もう一度、三人で手を繋ごう』


無理だと分かっている。


でも、その気持ちが嬉しい。


三人は円になって立った。


触れることはできないが、心は確かに繋がっている。


『準備はいい?』


健司の問いかけに、ルカが頷く。


『うん』


『じゃあ、行こう』


最後に、チヨは写真館を振り返った。


22年間過ごした家。


たくさんの思い出が詰まった場所。


もう二度と、帰ることはない。


でも、後悔はない。


大切な人たちを守るために、前に進む。


それが、自分の選んだ道。


三人は、ゆっくりと歩き始めた。


井戸へ向かって。


運命の場所へ。


満月の光に導かれながら。

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