第82話 歴代巫女との邂逅
昼過ぎ、不思議な体験をした。
写し世と現世の境界で、三人の女性に出会った。
皆、白い着物を着て、金色の瞳をしている。
彼女たちも、自分と同じ道を歩んだ人々。
『ようこそ、四代目』
最も年長の女性が語りかけてきた。
『私は初代、橋爪千代』
千代。その名前に、血の繋がりを感じる。
『私は二代目、橋爪雪』
『私は三代目、橋爪美咲』
美咲。その名前に、特別な親しみを感じる。母...?
でも、もう思い出せない。
ただ、この人たちが自分の先達であることは分かる。
『あなたは、橋爪チヨ』
千代が優しく言った。
『私たちの中で、最も強い魂を持つ者』
強い?
自分は、もう消えかけているのに。
『そう。でも、あなたの愛は消えていない』
雪が説明する。
『普通、巫女は八つの欠片で完全に消える。感情も、意識も、すべて失って』
『でも、あなたは違う』
美咲が続けた。
『まだ、愛を保っている。それは、奇跡に近い』
奇跡。
そんな大それたものだろうか。
ただ、愛することを止められないだけ。
名前も顔も忘れたけれど、愛だけは手放せない。
それが、自分の本質だから。
『もしかしたら、あなたなら——』
千代が言いかけて、止めた。
『いえ、今は何も言いません。ただ、信じています』
『信じる?』
『新しい道を切り開くことを』
謎めいた言葉を残して、三人は消えていった。
新しい道。
それが何なのか、分からない。
でも、もしそんなものがあるなら——
いや、今は考えても仕方ない。
まずは、使命を果たすこと。
■写し世の境界
三人との出会いの後、自分の状態に変化が起きた。
写し世との境界が、極めて薄くなっている。
もはや、どちらの世界にいるのか分からない。
現世の景色と、写し世の景色が重なって見える。
いや、見えるという表現は正しくない。感じる、と言うべきか。
現世では、青年と少女が自分を心配そうに見守っている。
写し世では、無数の魂が行き交っている。
そして、その境界線上に、自分は立っている。
どちらにも属さず、どちらにも属する存在。
それが、今の自分。
ふと、気づいた。
写し世には、現世で忘れられた人々がたくさんいる。
名前を失い、顔を失い、でも確かに存在している人々。
彼らは皆、穏やかな表情をしている。
もう苦しみはない。ただ、静かに現世を見守っている。
自分も、もうすぐその一員になる。
それは、悪いことではないのかもしれない。
形を変えて、愛する人たちを見守り続ける。
それも、一つの生き方。
いや、生きているとは言えないか。
でも、存在の形。
■写真館での発見
夕方、三人は再び写真館の地下へ降りた。
昨日見つけた祭壇。そこに、最後の準備をするため。
地下室は、思った以上に広かった。
そして、壁一面に古い写真が飾られている。
歴代の巫女たち。そして、その家族。
皆、同じ運命を辿った人々。
少女が、一枚の写真の前で立ち止まった。
『これ...』
そこには、若い女性と幼い二人の娘が写っていた——らしい。
見えないが、少女の反応から想像できる。
『お母さん?』
母。
その言葉に、胸が痛む。
自分にも、母がいたのだろうか。
きっと、いたはずだ。
そして、同じ道を歩んだ。
巫女として、村を守るために。
青年も写真を見つめる。
『美しい家族だ』
家族。
その言葉の意味を、もう思い出せない。
でも、温かいものだったことは分かる。
大切で、かけがえのないもの。
『チヨ姉ちゃん』
少女が振り返る。
もう姿は見えないだろうに、正確に自分のいる方向を向いている。
それは、血の繋がりゆえか。
それとも、愛ゆえか。
『私たち、また家族になれるよね?』
その問いに、答えることはできない。
明日、自分は完全に消える。
でも——
もしかしたら、違う形で一緒にいられるかもしれない。
写し世から見守る、永遠の家族として。
それも、悪くない。




