第72話 新たな決意
時の欠片を手に入れた後、三人は家路についた。
自分の家がどこなのか分からない。でも、二人についていけば大丈夫だと、なぜか確信している。
歩きながら、新しい時間知覚で世界を見る。
村人たちの時間が見える。穏やかに流れる時間、急いでいる時間、止まりかけている時間。
そして、村全体を包む大きな時間の流れ。
それは、危機に瀕していた。紫の霧の影響で、時間が歪み始めている。このままでは、村の時間が壊れてしまう。
だから、封印を完成させなければならない。
記憶はなくても、使命は残っている。
残る欠片は二つ。命と心。
それを手に入れれば——
自分はどうなるのだろう?
でも、それでいい。大切な人たちが守られるなら。
名前も知らない二人。でも、彼らのためなら、どんな犠牲も惜しくない。
それが、愛というものなのかもしれない。
■家での出来事
家に着くと——どこか懐かしい場所だった。
壁には写真がたくさん飾られている。でも、どれも知らない人ばかり。いや、知っているはずなのに思い出せない。
『疲れた?』
男性が心配そうに尋ねる。
頷くと、少女が手を引いて——触れないが、その仕草をして——二階へ案内してくれた。
部屋に入ると、不思議な安心感に包まれた。
ここは、自分の場所。長い間過ごした場所。
ベッド、机、本棚。すべてが親しみ深いのに、具体的な記憶はない。
机の上に、日記があった。
最近のページを開くと、そこには——
『愛する人たちへ』
震える文字で書かれた、手紙のような文章。
『記憶を失っても、愛は消えません』 『名前を忘れても、想いは残ります』 『どうか、幸せに生きてください』
これを書いたのは、誰だろう?
でも、なぜか涙が出た。
きっと、大切な人が書いたもの。そして、それは——
自分?
分からない。でも、この想いは理解できる。
愛する人の幸せを願う気持ち。それは、記憶を超えて存在する。
■夜の対話
夕食の時間——食べられないが、二人と一緒にいる——男性が、また何か話し始めた。
『名前は覚えてない?』
首を横に振る。
『俺は健司。君は——』
でも、そこで男性は言葉を止めた。きっと、辛いのだろう。
『いいんだ。名前なんて』
男性は優しく続けた。
『大切なのは、君がここにいること』
その言葉に、胸が温かくなった。
少女も頷いている。
『そうだよ。名前なんて記号。心が通じ合えば、それでいい』
二人の優しさに包まれて、安心する。
記憶はなくても、ここが自分の居場所だと分かる。
でも、時間は限られている。
あと二つ、欠片を集めなければ。
そして、その時——
自分は、完全に消えるのだろう。
でも、後悔はない。
この二人が生きていく時間を守れるなら、それで十分。
■夢の中で
その夜、不思議な夢を見た。
いや、夢というより、記憶の断片かもしれない。
白い着物を着た女性が、優しく微笑んでいる。
『大丈夫よ、チヨ』
チヨ。それが自分の名前?
『もうすぐ、すべてが終わる。でも、それは始まりでもある』
女性は続ける。
『写し世で、待っているわ。歴代の巫女たちと一緒に』
巫女。そうだ、自分は巫女なのだ。
でも、それ以上は思い出せない。
『愛する人たちを、守りなさい』
女性の姿が薄れていく。
『そして、いつか——』
最後の言葉は、聞き取れなかった。
目が覚めると、枕が濡れていた。
涙?でも、なぜ泣いていたのか分からない。
ただ、決意だけが残った。
最後まで、使命を果たす。
名前も、記憶も、すべてを失っても。
愛だけは、失わない。
それが、今の自分のすべて。
窓の外を「見る」。
満月が近づいている。明日は、命の欠片。
そして、その次は——
でも、恐れはない。
愛する人たちがいる限り、前に進める。
たとえ、自分が誰なのか分からなくても。




