第66話 氷雪神社での異変
氷雪神社に着くと、確かに空気が変わった。
ひんやりとした冷気が、肌を包む。真夏でも雪が残るという伝説は、本当かもしれない。鳥肌が立つような冷たさが、境内全体を支配している。
神社の境内には、小さな池があった。その水面には、薄い氷が張っている。五月だというのに。
『信じられない...』
健司が驚きの声を上げる。
『本当に氷が張ってる』
チヨは池に近づき、そっと氷に触れた。
つるつるとした表面、氷特有の冷たさ。でも、ただの氷とは違う。何か、特別な力を秘めているような感触。
『ここに氷の欠片が』
チヨが魂写機を構える——見えないが、長年の感覚で。すると、手に冷たい感覚が伝わってきた。欠片の気配だ。
池の中心に、青白く輝く結晶が沈んでいる——らしい。健司とルカの説明でそれが分かった。
『どうやって取る?』
『私が行きます』
『待って、氷が薄い。危険だ』
健司が止めようとするが、チヨは首を振った。これは自分の役目。他の人を危険に晒すわけにはいかない。
『でも、触覚もないのに』
『大丈夫。方法はある』
チヨは池の横の岩場を指差した——つもりだ。
そこに、小さな洞窟があることを存在感知で捉えていた。暗い入り口から、冷気が流れ出している。
■滝の裏側への道
三人で洞窟に入る。
中は狭く、這うようにして進まなければならない場所もあった。岩の冷たさ、湿った感触、時折滴る水滴。すべてを肌で感じながら進む。
健司が先頭に立ち、チヨの手を引く。ルカは後ろから支える。三人で協力しながら、暗い洞窟を進んでいく。
やがて、空間が開けた。
そこは、氷の洞窟だった。
壁も天井も、すべて氷で覆われている。触れると、肌が張り付きそうなほど冷たい。でも、美しい。見えなくても、その神秘的な空間は感じられる。
そして、洞窟の奥に、小さな泉があった。
不思議なことに、その水は凍っていない。むしろ、ほんのりと温かいくらいだ。
『ここは...』
健司が息を呑む。
『水が、光ってる』
泉の水は、内側から青白い光を放っているらしい。そして、その底に、氷の欠片が見える。
チヨは泉のほとりに膝をつき、水に手を入れた。
温かい。氷の洞窟の中にあるのに、この水だけは温かい。まるで、生きているかのような水。
そして——
指先が、硬い結晶に触れた。
氷の欠片。
それは、氷のように冷たいのに、同時に熱も持っていた。相反する性質が同居している、不思議な結晶。
『見つけた』
チヨが欠片を掴もうとした時、異変が起きた。
■体温感覚の喪失
欠片に触れた瞬間——
世界から、温度が消えた。
冷たいはずの氷の欠片も、温かいはずの泉の水も、すべて同じに感じる。いや、感じないと言った方が正しい。
温度という概念が、完全に失われた。
同時に、触覚も消えた。
手に欠片を握っているはずだが、その感触がない。水の中に手があるはずだが、濡れている感覚もない。
完全な、無感覚。
『チヨ!』
健司が駆け寄ってくる——その振動は感じる。でも、彼の手が自分に触れても、何も感じない。
温もりも、冷たさも、硬さも、柔らかさも。
すべてが、失われた。
チヨは立ち上がった——つもりだが、足が地面についているかも分からない。ただ、重力の方向だけは、かすかに感じられる。
『大丈夫...です』
筆談しようとするが、ペンを持っている感覚がない。紙に触れている感覚もない。それでも、長年の習慣で、文字は書けているはずだ。
『触覚が...なくなりました』
健司とルカの命の熱が、激しく揺れた。悲しみと絶望の熱。
でも——
新しい感覚も、生まれていた。




