第59話 ルカの成長
ルカの熱にも、変化を感じる。
悲しみと不安はある。でも、それ以上に強い決意の熱が生まれている。
妹は、確実に成長している。
もうすぐ自分が消えても、きっと大丈夫。この子は強い。
いや、強くなった。
この数日間で、ルカは子供から大人への階段を駆け上がっている。
それが誇らしくも、少し寂しい。
もっと、子供のままでいて欲しかった。
でも、それは無理な願い。
■最後の団欒
夕食の時間——もちろん食べられないが——三人で食卓を囲む。
見えない、聞こえない、触れない、味わえない、嗅げない。
でも、二人の存在は確かに感じられる。
生命の熱が、優しく自分を包んでいる。
これが家族。
血の繋がりだけじゃない。心の繋がりこそが、本当の家族。
ルカは実の妹。
健司は——いつか、そうなれたかもしれない人。
でも、今この瞬間、三人は確かに家族だ。
■夜の儀式
寝る前、不思議なことが起きた。
ルカが何かをしている。
その動きから察するに、写祓の所作のようだ。
いつの間に覚えたのだろう。
無意識なのか、意識的なのか。
でも、その所作から、かすかな光が生まれている。
写し世と現世を繋ぐ、古い技。
ルカの中に、巫女の血が確実に流れている。
きっと、この子が次の——
いや、そうはさせない。
自分で終わりにする。ルカには、普通の幸せを掴んで欲しい。
■魂写機の遺言
深夜、魂写機が再び独りでに動いた。
カシャ、カシャ、カシャ。
連続してシャッターが切られる。
まるで、遺言を残すかのように。
きっと、自分が消えた後も、この写真が何かを伝えてくれる。
ルカと健司の心の支えになってくれる。
魂写機よ、ありがとう。
最後まで、一緒にいてくれて。
■暗闇での決意
完全な暗闇の中で、チヨは考えた。
視覚を失った。もう、世界の美しさを目で見ることはできない。
でも——
心で見ることを覚えた。
生命の熱、魂の輝き、愛の温度。
それらは、目で見る以上に真実を映し出している。
健司の愛は、太陽のように温かい。
ルカの愛は、月のように優しい。
そして、村人たちの生命の熱も、確かに感じられる。
皆、生きている。
それが分かるだけで、十分だ。
明日は、氷の欠片。
おそらく、体温感覚を失うだろう。
この温かさも、感じられなくなる。
でも、きっとまた、新しい感覚が生まれる。
失うことは、得ることでもある。
それが、巫女の道。
■最後の光景
眠りにつく前、チヨは今日見た光景を思い返した。
ルカの寝顔。
健司の告白の表情。
村の朝の風景。
魂写機が記録した、数々の瞬間。
すべてが、心のアルバムに収められている。
たとえ目が見えなくなっても、この記憶は消えない。
いや、むしろ、より鮮明になったような気さえする。
外界の光を失った分、内なる光が強くなった。
記憶の光、愛の光、希望の光。
それらが、暗闇の中で静かに輝いている。
「ありがとう」
声にならない感謝を、世界に送る。
美しいものを見せてくれて、ありがとう。
愛する人たちの顔を見せてくれて、ありがとう。
この記憶を胸に、また新しい朝を迎えよう。
たとえ、それが永遠の暗闇でも。
愛する人たちの熱がある限り、恐れることはない。
窓の外では——見えないが——きっと星が輝いている。
その光が、いつか写し世で、また見られることを信じて。
チヨは静かに目を閉じた。
もう、開けても閉じても同じ暗闇だけれど。




