第57話 火の社への道
午後、三人は火の社へ向かった。
山道を登りながら、チヨは周りの景色を目に焼き付けた。
木々の緑——いや、もう色は分からない。でも、葉の形、枝の伸び方、木漏れ日の美しさ。
道端の花。名前も知らない野花たちが、ひっそりと咲いている。
青い空——灰色にしか見えないが——に浮かぶ雲。ゆっくりと形を変えながら流れていく。
すべてが、見納め。
途中、展望台で村を一望する。
眼下に広がる夕霧村。小さな家々、田んぼ、畑、川。自分が生まれ育ち、そして守ろうとしている場所。
『綺麗だね』
ルカが手話で伝える。
『うん、とても綺麗』
チヨは心から同意した。
この風景を、魂に刻み込む。たとえ目が見えなくなっても、この美しさは忘れない。
■火の社での体験
火の社は、小さな祠だった。
周りの空気が熱い——触覚はないが、空気の震えで分かる。
祠の奥に、赤く輝く結晶が置かれている。火の欠片。
その前に立つと、急に魂写機が独りでに動き始めた。
シャッターが切られ、フィルムが巻き上げられる。まるで、何かを記録しようとしているかのように。
『チヨ姉ちゃん、カメラが!』
ルカが驚いている。
でも、チヨには分かった。魂写機が、最後の記録を残そうとしている。視覚を失う前の、最後の光景を。
そして——
『チヨ』
健司が呼んでいる。
振り返ると、健司が膝をついていた。まるで、プロポーズをするかのように。
『最後に、伝えたい』
彼の表情は真剣そのもの。
『愛してる。初めて会った時から、ずっと』
その瞬間の健司の顔を、チヨは永遠に忘れない。
愛する人の、愛の告白の表情。それ以上に美しいものがあるだろうか。
■視覚喪失の瞬間
火の欠片に手を伸ばす。
最後に、もう一度ルカと健司を見る。
ルカの不安そうな、でも勇敢な表情。
健司の優しい、深い愛情に満ちた眼差し。
二人の姿を、心の奥深くに刻み込む。
そして——
欠片に触れた瞬間、世界が白く染まった。
眩しい光が視界を満たし、そして——
闇。
完全な、絶対的な闇。
もう、何も見えない。
光も、影も、形も、すべてが消えた。
■暗闇の恐怖
最初の数秒間、パニックに襲われた。
まぶたを開けても閉じても、同じ暗闇。手を目の前にかざしても——触覚がないから確かではないが——何も見えない。
これが、盲目ということ。
想像していたより、ずっと恐ろしい。
方向感覚が失われ、上下さえ分からなくなる。立っているのか、倒れているのか。
でも——
健司とルカの生命の熱が、すぐ近くに感じられた。
二人が自分を支えようとしている。その想いが、熱となって伝わってくる。




