第52話 記憶の中の誰か
ある場所で、特に強い記憶を感じた。
幼い自分と、もう一人の少女。二人で手を繋いで、神楽を舞っている。
もう一人の少女の顔は見えない。でも、優しく手を引いてくれている。まるで、姉のように。
『ここで、誰かと踊った記憶がある』
手話で伝えると、ルカが不思議そうな反応を示した——風の動きで分かる。
『私も時々、そういう感覚がある。誰かと一緒だった気がするのに、思い出せない』
健司も同じような風を起こしている。
村全体が、何か大切な記憶を失っているのかもしれない。
■新しいコミュニケーション
触覚を失って、コミュニケーションが極めて困難になった。
手話も、自分の手がどう動いているか分からない。筆談も、ペンを持てているか、紙に触れているか分からない。
でも、健司が新しい方法を思いついた。
地面に大きく文字を書いて、その振動をチヨが感じ取る。
『分かる?』
かろうじて、文字の形が理解できた。大地の記憶を読む力が、振動も捉えているらしい。
『なんとか』
自分も地面に文字を書いてみる——多分、ぐちゃぐちゃだろうが。
三人で、新しいコミュニケーション方法を模索する。それもまた、絆を深める時間だった。
■帰路での発見
帰り道、チヨは大地の記憶を読みながら歩いた。
この道を通った無数の人々の足跡が、時間の層となって見える。楽しげに歩いた子供たち、荷物を運んだ大人たち、杖をついた老人たち。
そして、ある場所で立ち止まった。
ここには、とても深い悲しみの記憶があった。
誰かが、大切な人を失った場所。涙が大地に染み込み、その悲しみが土に刻まれている。
でも、それが誰の記憶なのか分からない。
ただ、自分と深い関係がある人だということだけは、感覚で分かる。
■写真館での新発見
写真館に戻ると、床から壁から、無数の記憶が立ち上がってきた。
父と母の思い出、自分とルカの成長の記録。すべてが、この場所に刻まれている。
でも、ここにも空白があった。
特に二階の一室。そこには濃密な記憶が残っているのに、中心となる人物が見えない。
『この部屋、誰か使ってた?』
必死に手話で尋ねる。
『え?ここは物置きでしょ?昔から』
ルカの答えは、大地の記憶と矛盾している。
ここは誰かの部屋だった。大切な人の。でも、その人が消えてしまった。




