第51話 土の記憶の予感
神楽殿に近づくにつれて、地面から不思議な振動を感じるようになった。
まるで、大地そのものが脈打っているような感覚。
『ここは特別な場所』
チヨが手話で伝える。
『大地の力が強い』
実際、この辺りの土は他と違っていた。赤みがかっていて、鉄分を多く含んでいるらしい。
素足で土を踏みしめる。
柔らかくて、少し湿っていて、温かい。母なる大地の感触。
ふと、子供の頃を思い出した。
ルカと一緒に、裸足で駆け回った夏の日。土の感触を楽しみながら、無邪気に遊んだ。
あの頃は、こんな日が来るとは思ってもいなかった。
■神楽殿での最後の儀式
神楽殿は長い間使われておらず、建物は朽ちかけていた。しかし、その土台の下から、茶色い光が漏れているのが魂写機のファインダー越しに見えた。
『ここです』
崩れかけた床板を慎重に外すと、地面に小さな穴が開いていた。その中に、茶色く輝く結晶が埋まっている。
土の欠片。
チヨは一度、健司とルカを見た。
『今から触覚と味覚を失います』
その言葉に、ルカが駆け寄ってきた。
『最後に、手を握らせて』
三人で手を繋いで、輪を作った。
健司の手は大きくて、医師らしくしっかりとしている。少し乾燥していて、でも温かい。
ルカの手は小さくて、柔らかい。まだ子供の手だが、確かな強さを秘めている。
この温もりを、心に刻む。
『もう一度、抱きしめさせて』
ルカの願いに、チヨは頷いた。
妹をしっかりと抱きしめる。全身で、その存在を感じる。
そして、健司も。
一瞬の躊躇いの後、健司がチヨを優しく抱きしめた。
『チヨ...』
大きな体に包まれる感覚。安心感と、深い愛情。
これが、最後の抱擁。
■触覚と味覚の同時喪失
土の欠片に手を伸ばす。
指先が結晶に触れた瞬間——
世界から、すべての感触が消えた。
同時に、口の中の味も消えた。
完全な、感覚の喪失。
もう何も感じない。地面の固さも、風の感触も、自分の服の感覚さえも。舌の上の唾液の味も、歯を噛み合わせた感触も、すべてが消えた。
パニックが襲ってくる。
自分の体がどこにあるのか分からない。立っているのか、座っているのか。手足がどこにあるのか。
『チヨ!』
健司とルカが必死に呼びかけている——ような風の動きを感じる。でも、触れられても分からない。
深呼吸をしようとするが、空気が肺に入る感覚もない。
これが、触覚を失うということ。
想像以上の恐怖。
でも——
■大地の記憶を読む力
新しい感覚が芽生えていた。
足元から、この土地に刻まれた無数の記憶が伝わってくる。
神楽殿で踊った人々の足跡。祈りを捧げた巫女たちの想い。子供たちが遊んだ跡。
すべての記憶が、時間の層となって蓄積されている。
そして気づく。自分は今、大地と直接繋がっている。
体の感覚は失ったが、大地そのものと一体化したような感覚。
『大地の記憶が見えます』
震える手話で伝える。正確に動いているか分からないが、なんとか伝わったようだ。
『ここで踊った人、祈った人、みんなの想いが層になって』
それは美しくも切ない光景だった。時代を超えて、人々の想いがこの地に刻まれている。




