第5話 魂写機と村の日常
朝食を急いで済ませたチヨは、魂写機の手入れをしていた。磨き上げられた真鍮の部品が朝日に輝き、複雑な歯車は静かに組み合わさった。レンズを慎重に拭きながら、彼女はルカに語りかけた。
「魂写機はね、普通のカメラと違って、光だけじゃなく記憶の粒子も捉えるの」チヨはレンズの内部に組み込まれた複雑な歯車と水晶を指差した。「この水晶が霧の力を増幅して、人の心に眠る記憶まで写し取れるんだ」
「すごい……」ルカは目を輝かせた。「私も将来、チヨ姉ちゃんみたいに魂写機を使えるようになりたい」
チヨは少し考え込むような表情を見せた。「いつか……力が目覚めたら。でも急がなくていいの」
魂写機の使い方を教えながら、チヨは母から聞いた言い伝えを思い出していた。「写し世は美しいけれど危険。そこで失われた記憶は、特別な術でしか取り戻せない」
「特別な術?」
「『写祓』と呼ばれる技術よ。でも、それを使える人は、もうほとんどいない」
ルカは興味深そうに魂写機を見つめた。その金色の瞳が、一瞬だけ青白く光ったような気がしたが、チヨは朝日の加減だと思った。
二人は市場へと向かう支度を始めた。チヨは首から下げた魂写機を確かめ、ルカは籠に画材道具を詰め込む。チヨは懐中時計が確かに懐にあることを確認した。
朝露に濡れた石畳の道を進みながら、すれ違う村人たちとチヨは挨拶を交わしていく。それぞれの顔には、厳しい山暮らしの歴史が刻まれていたが、同時に安らかな日常の幸せも宿っていた。