第49話 ルカとの最後の抱擁
「おはよう、チヨ姉ちゃん」
振り返ると、ルカが立っていた。今日は休日なのか、パジャマ姿のままだ。
『おはよう。今日は豪華な朝食よ』
手話で伝えると、ルカの顔が輝いた。でも、すぐに曇る。
『今日は...触覚?』
チヨは頷いた。
『多分、味覚も一緒に』
ルカの目に涙が浮かんだ。そして、突然チヨに抱きついてきた。
「今のうちに、たくさん抱きしめる!」
声は聞こえないが、その想いは伝わってくる。
細い腕が、しっかりと自分を抱きしめている。ルカの体温、柔らかさ、微かな震え。すべてを心に刻む。
妹の髪を撫でる。絹のような手触り、頭の丸み、温かさ。
『ルカ...』
チヨも強く抱きしめ返した。この感触を、永遠に覚えていよう。
朝食を食べながら、チヨはすべての味を心に刻んだ。
明太子の辛さ、海苔の風味、ご飯の甘み。味噌汁の深い味わい、豆腐のなめらかさ。
『美味しい?』
ルカが心配そうに尋ねる。
『とても美味しい。ルカと食べる朝ごはんは、世界一』
それは本心だった。味そのものよりも、愛する人と共に食べることが、何より美味しさを増している。
レシピノートの完成
朝食後、チヨは母のレシピノートを開いた。そして、残りのページに、知っている限りのレシピを書き込んでいく。
『肉じゃがの作り方』 『鮭の塩焼きのコツ』 『ルカの好きな唐揚げ』
一品一品、丁寧に記していく。分量だけでなく、火加減、タイミング、そして——
『愛情をたっぷり込めること。それが一番大切な隠し味』
ルカが隣で見守っている。
『私、全部覚える。チヨ姉ちゃんの味を、ちゃんと受け継ぐから』
その言葉に、チヨは涙が出そうになった。




