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第46話 夜の訪問者

深夜、チヨは奇妙な風を感じて目を覚ました。


窓の外に、誰かがいる。


でも、普通の人間の風ではない。もっと古く、もっと深い風。


窓を開けると、そこには白い狐がいた。シロミカゲだ。


『よく来たな、巫女よ』


その思念が、風に乗って伝わってくる。


『明日は土の欠片。触覚と味覚を同時に失うことになろう』


『両方同時に?』


『そうだ。残りの欠片は力が強い。一度に複数の感覚を奪うこともある』


チヨは覚悟を決めた。どうせ失うなら、早い方がいい。


『ところで』


シロミカゲは続けた。


『面を被った者に気をつけよ』


『面を被った者?』


『影の世界から来る者。お前の敵か味方か、それは分からぬ。だが、必ず現れる』


謎めいた言葉を残して、白い狐は風と共に消えていった。


面を被った者。また新たな存在が、この物語に関わってくるのか。


■風の記憶


ベッドに戻って、チヨは今日一日を振り返った。


嗅覚を失った。もう二度と、愛する人の匂いを感じることはできない。


でも、風が見えるようになった。心の動き、感情の流れ、想いの形。


それは、香り以上に雄弁かもしれない。


窓から吹き込む夜風に、様々な想いが乗っている。


眠っている村人たちの夢の風。


夜勤で働く人々の疲労の風。


そして、どこか遠くから吹いてくる、懐かしい風。


それは、写し世からの風かもしれない。


母が、そこから見守ってくれているのかもしれない。


日記を書く。


『三つ目の欠片を手に入れた。嗅覚を失い、風が見えるようになった。


コーヒーの香り、ルカのシャンプー、健司さんの石鹸。すべて失った。


でも、心の風は嘘をつかない。人々の本当の想いが、手に取るように分かる。


クロミカゲの誘惑があった。一瞬、心が揺れた。でも、健司さんが支えてくれた。


風に乗って、誰かの呼び声が聞こえる。それが誰なのか、まだ分からない。


面を被った者。シロミカゲの警告。新たな存在が、近づいている。


明日は土の欠片。触覚と味覚を同時に失うという。


怖い。でも、ルカと健司さんがいる。それだけで、立ち向かえる。


母の手紙にあった言葉。「すべての風は繋がっている」


いつか、この風が、大切な人を導くことを信じて』


ペンを置いて、チヨは窓の外を見た。


紫の霧の中を、様々な風が吹いている。


その中に、かすかに黒い風も混じっている。


面を被った者の風だろうか。


でも、今はまだ遠い。


明日のことを考えて、チヨは眠りについた。


夢の中でなら、まだ香りを感じられるかもしれない。


母の優しい香り、ルカの甘い香り、健司の安心する香り。


それらを夢見ながら、最後の夜は更けていった。

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