第39話 風神社の静寂
風神社は小高い丘の上にあった。その名の通り、常に風が吹き抜ける場所だ。
しかし今日は、不自然なほど風がない。
空気が止まっている。まるで、息を潜めているかのように。
『変ね』
ルカが手話で伝える。
『いつもは風が強いのに』
確かに奇妙だった。風の神社なのに、風がない。それは不吉な予兆のようにも思える。
神社の境内に入ると、そこには予想外の人物がいた。
■木村さゆりとの出会い
「あら、皆さん」
六十代の女性——木村さゆりだった。朽葉温泉の女将で、チヨの母の親友でもある。
上品な着物姿で、手には小さな風呂敷包みを持っている。
「佐藤先生、ルカちゃん、おはようございます」
さゆりの視線は二人だけに向けられ、チヨをすり抜けていく。
チヨの存在は、もう認識されていない。
健司が手話でチヨに通訳しながら、さゆりと話す。
「不思議な夢を見たんです。美咲さんが出てきて、『娘を頼む』って」
チヨの心臓が跳ねた。母が夢に?
「それで、何か大切なことがある気がして、ここに来たんです。風神社には、美咲さんとよく来ましたから」
さゆりは懐かしそうに境内を見回した。その視線が一瞬、チヨの立っている場所で止まった。
「……誰かいるような」
『私です。チヨです』
必死に手話で伝えるが、さゆりには見えない。
「気のせいかしら。でも、美咲さんの気配を感じるような……」
さゆりは小さな包みを取り出した。
「これ、ルカちゃんに。美咲さんから預かっていたものよ」
包みを開けると、中には古い風鈴が入っていた。ガラス製で、短冊には「風の音を記す」と書かれている。
『お母さんの……』
ルカが風鈴を受け取ると、不思議なことが起きた。風がないのに、風鈴が鳴り始めたのだ。
チリン、チリン。
音は聞こえない。しかし、振動でそれが分かる。そして、風鈴の周りに、薄い金色の光が漂い始めた。




