第31話 無音の世界での発見
写真館に戻る道すがら、チヨは無音の世界での新しい発見をしていた。
音が消えた分、他の感覚が鋭敏になっている。
地面を歩く振動、風が肌を撫でる感触、そして何より——水の記憶。
道端の水たまりに触れると、昨夜の雨の記憶が伝わってくる。空から降ってきた時の冷たさ、地面に触れた時の衝撃、そして今朝の太陽に温められた感覚。
すべての水が、記憶を持っている。
ふと、ルカが立ち止まった。
何かを見つけたようだ。指差す先を見ると、小さな花が咲いていた。雨上がりの朝露をまとった、可憐な花。
ルカが何か言っている。口の形から「きれい」と言っているのが分かる。
チヨは花についた朝露に、そっと触れた。
瞬間、花の記憶が流れ込んでくる。
種から芽吹いた瞬間、初めて太陽を浴びた喜び、雨に打たれた時の痛み、そして今朝、花開いた時の解放感。
小さな雫の中に、一つの生命の物語があった。
『花の記憶が見えた』
手帳に書くと、ルカが目を輝かせた。そして、一生懸命何か書いている。
『すごい!じゃあ、いろんな記憶が見えるの?』
『水があれば』
『教えて!』
妹の好奇心に、少し心が軽くなる。
失うものもあるが、得るものもある。そして、それを分かち合える人がいる。




