第25話 最後の朝の会話
「おはよう、チヨ姉ちゃん」
ルカが階段を降りてきた。制服姿の妹は、昨日よりも少し大人びて見えた。でも、その声には不安が滲んでいる。
「おはよう。今日は雨上がりね」
「うん。でも、なんだか変な朝」
ルカは窓の外を見つめた。
「霧が……息をしてるみたい」
確かに、霧は不自然に脈動している。まるで生き物のように、村を包み込んでは離れ、また包み込む。
「チヨ姉ちゃん」
「なあに?」
「今日も、欠片を取りに行くの?」
その問いに、チヨは一瞬言葉を詰まらせた。でも、嘘はつけない。
「うん。『水』の欠片を」
「また、何か失うんだね」
ルカの声が震えている。チヨは妹の側に寄り、優しく抱きしめた。
「大丈夫。私は消えないから」
「でも……」
「ねえ、ルカ」
チヨは妹の顔を両手で包んだ。
「今から、大切なことを言うね。よく聞いて」
ルカが真剣な顔で頷く。
「私はこれから声を失うと思う。もう、言葉で話せなくなる」
「そんな……」
「だから今、伝えておきたいの」
チヨは深呼吸をして、はっきりと言った。
「ルカ、大好きよ。世界で一番大切な妹」
涙がルカの頬を伝った。
「私も、チヨ姉ちゃんが大好き」
「ありがとう。その言葉、ずっと覚えてる」
姉妹は抱き合った。朝日が差し込んで、二人を優しく包む。モノクロームの世界でも、この温もりは色褪せない。




