第18話 色彩喪失の瞬間
「あ……」
チヨは自分の手を見つめた。
色が、ない。
さっきまで肌色だったはずの手が、灰色の濃淡だけで表現されている。血管の青さも、爪のピンク色も、すべてが失われていた。
健司の顔も、周りの景色も、すべてがモノクロになっている。
「チヨ!大丈夫か?」
健司が心配そうに覗き込む。彼の瞳の色も、もう分からない。あの優しい茶色の瞳も、今は灰色の濃淡でしか認識できない。
「色が……見えなくなりました」
涙が頬を伝った。最初の代償。これから、もっと多くのものを失っていく。
「ルカの髪の色が……もう分からない」
チヨは呟いた。妹の黒髪の艶やかな色。朝日を受けて青く光る様子。それがもう、永遠に見られない。
「健司さんの瞳の色も……」
「チヨ……」
健司は黙って、チヨを抱きしめた。
「健司さん?」
「ごめん。今だけ……今だけ、こうさせて」
彼の声は震えていた。医者として冷静であろうとする彼が、初めて見せた弱さだった。
チヨは彼の背中に手を回した。この温もりも、いつか感じられなくなる。でも、今は……
「ありがとう」
白衣越しに伝わる体温。かすかな消毒液の匂い。健司の鼓動。すべてを記憶に刻む。
■新たな能力の発現
しばらくして、二人は写真館への帰路についた。チヨの手には、金色に光る欠片が握られていた——もう色は見えないが、その輝きは感じられる。
歩きながら、チヨは新しい感覚に気づいた。
「健司さん、見て」
「何が?」
「暗い場所でも、はっきり見えるんです」
木陰の暗がりも、まるで昼間のように見える。色彩を失った代わりに、明暗の感覚が研ぎ澄まされたようだ。
今まで黒く塗りつぶされていた影の中にも、無数の階調がある。深い黒から薄い灰色まで、その グラデーションの豊かさに驚く。
「それに……」
チヨは健司を見つめた。
「人の周りに、光が見えます」
「光?」
「はい。健司さんの周りには、温かい銀色の光が」
それは生命力の光、あるいは魂の輝きなのかもしれない。健司の光は特に強く、優しく脈動していた。
「感情によって、光の強さが変わるみたい」
チヨは説明を続けた。
「今、健司さんの光が少し揺れてる。心配してくれてるから?」
「すごい……医学的には説明できないけど」
健司は興味深そうにチヨを見つめた。
「色を失っても、魂の光は見える……か」
その言葉に、チヨは何か重要な意味を感じた。