第17話 チクワの登場
影向稲荷への山道を登っていると、白い影が横切った。
「あ、チクワだ」
チヨが声を上げると、白い三毛猫が木の上から降りてきた。金色の瞳で二人をじっと見つめている。
「チクワ?」
健司が首を傾げた。
「この子の名前。いつも写真館の周りにいるの。誰が飼ってるわけでもないんだけど」
チクワは小さく鳴いて、チヨの足元にすり寄った。そして、まるで道案内をするように、先を歩き始めた。
「賢い猫だね」
「うん。時々、人間みたいに感じることがある」
歩きながら、チクワは時折振り返っては、二人がついてきているか確認する。その金色の瞳が、朝日を受けて青白く光る瞬間があった。
「あれ?今、チクワの目が……」
健司も気づいたようだった。
「青く光った?」
「気のせいかもしれないけど」
チクワは、まるでその会話を理解しているかのように、意味深な鳴き声を上げた。そして、急に立ち止まると、ある方向をじっと見つめた。
そこには、小さな祠があった。苔むした石の祠で、普段なら気づかないような場所にひっそりと建っている。
「こんなところに祠が……」
チヨが近づくと、祠の中に古い石版があった。そこには、かすれた文字で何か書かれている。
「『影写りの巫女、ここに眠る』……?」
健司が読み上げた。
「影写りの巫女……昨日の絵本に出てきた」
チヨは魂写機を向けてみた。ファインダーを通すと、祠の周りに薄い光が漂っているのが見える。過去の記憶が、まだそこに残っているかのように。
チクワは満足そうに鳴くと、再び歩き始めた。
影向稲荷での出来事
影向稲荷に着くと、境内は不思議な静けさに包まれていた。普段なら鳥の声が聞こえるはずなのに、今朝は何も聞こえない。
「ここに、欠片が……」
チヨは魂写機を構え、ファインダーを覗いた。すると、拝殿の奥に金色の光が見えた。それは、太陽とは違う、内側から湧き出るような光。
「あそこです」
二人は拝殿の裏手に回った。そこには小さな祠があり、その中に六角形の結晶が置かれていた。
「これが『光』の欠片……」
結晶は内側から金色の光を放ち、周囲の空気を震わせていた。まるで、小さな太陽のように。表面には、複雑な紋様が刻まれている。
チヨが手を伸ばした瞬間、健司が彼女の手を掴んだ。
「本当に、いいんだね?」
彼の手は温かく、微かに震えていた。医者でありながら、今は何もできない無力感が滲んでいる。
「大丈夫」
チヨは微笑んで、彼の手を優しく外した。でも、その手の温もりは、しっかりと記憶に刻んだ。温かくて、少し汗ばんでいて、医師らしい確かな手。
そして、欠片に触れた。
瞬間、世界が白く染まった。
強烈な光が彼女を包み込み、そして——