第16話 健司との幼馴染エピソード
朝食を終えて、チヨが魂写機を持って外に出ると、健司が立っていた。
「健司さん?」
「おはよう。一緒に行かせてもらえないかな」
彼は往診鞄を持っていたが、明らかにチヨを待っていたようだった。朝露に濡れた白衣の裾が、朝日を受けて輝いている。
「でも、お仕事が……」
「大丈夫。今日は午前中、往診の予定はないから」
健司の瞳には、昨夜と同じ決意が宿っていた。チヨを一人にはしない——そんな想いが伝わってくる。
「……ありがとう」
二人は並んで歩き始めた。朝の霧は昨日より濃く、紫色も強まっている。
「覚えてる?」
健司が突然口を開いた。
「小学校の時、一緒に蛍を見に行ったこと」
チヨは微笑んだ。もちろん覚えている。夏の夜、二人で川辺に忍び込んだ。
「暗くて怖がってた私に、健司君が『蛍の光があるから大丈夫』って」
「あの時の光は、今も心に残ってる」
健司の言葉に、深い意味が込められているような気がした。
「緑色の光が、川面に反射してきれいだったわ」
チヨは立ち止まり、川の方を見た。あの時見た蛍の光。淡い緑色が、闇の中で優しく明滅していた。
「チヨは昔から、光を見つけるのが上手かった」
健司が続ける。
「真っ暗な中でも、必ず何か光るものを見つけて『ほら、あそこ』って」
「そうだったかしら」
「うん。だから医学部の時も、つらい時はチヨの撮った写真を見てた。光が写ってる写真ばかりだから」
チヨの頬が熱くなった。健司は自分の写真を大切に持っていてくれたのか。
「それから、ずっと一緒だった。川で魚を捕ったり、山で秘密基地を作ったり」
「秘密基地、まだあるかしら」
「この前確認したら、まだあったよ。少し朽ちてたけど」
二人は思い出話に花を咲かせながら、影向稲荷への道を歩いた。
「中学の時」
健司が続けた。
「文化祭で一緒に劇をやったよね」
「ああ、ロミオとジュリエット」
チヨは頬を赤らめた。あの時、健司がロミオで、自分がジュリエットだった。
「バルコニーのシーンで、僕、本当に告白しようかと思った」
「えっ?」
「でも、タイミングが……それに、まだ中学生だったし」
健司の頬も赤く染まっている。その色が、朝日に照らされて一層鮮やかに見える。
「あの時も、今も」
健司が何か言いかけたが、言葉を飲み込んだ。
「健司さん?」
「いや、なんでもない。ただ……」
彼は空を見上げた。
「チヨの周りには、いつも特別な光があるような気がする」