第12話 巫女の使命と代償
社殿の裏手の石室で、チヨは母の日記を読んでいた。古い和紙に、美咲の丁寧な文字が並んでいる。
『愛する娘へ。もしあなたがこれを読んでいるなら、私たちはもうこの世にいないのでしょう。1994年5月25日の満月の夜、霧姫の封印が最も弱まります。それまでに九つの欠片を集めなければ、村は消滅するでしょう』
「九つの欠片……」
シロミカゲが語りかける。
「浄化には大きな代償が必要となる。お前の大切なものを失うことになるだろう」
「大切なもの?」
「欠片を集めるごとに、お前は感覚を一つずつ失う。色彩、味覚、嗅覚、触覚、視覚、そして聴覚と声……最後には」
健司が驚愕の表情を浮かべた。「そんな……」
「最後には、存在そのものが消える。誰もお前を覚えていない。あたかも始めからそこに存在しなかったかのように」
チヨは懐中時計を強く握りしめた。七時四十二分——写し世と現世の境界が最も薄まる結節点。夜のその時に、すべてが終わる。
その時、遠くから声が聞こえた。
「チヨ姉ちゃーん! どこー?」
ルカだ。妹が自分を探している。
チヨはシロミカゲを見つめ、きっぱりと言った。
「それでも、私はやります。ルカを、みんなを……そして」
ちらりと健司を見る。
「大切な人たちを守るために」
健司の瞳に複雑な感情が浮かんだ。言いたいことがあるのに、言えない——そんなもどかしさが滲んでいた。
「チヨ……」
「健司さん、お願いがあります」
チヨは懐中時計を取り出した。
「もし私に何かあったら、これをルカに。そして……」
「そして?」
「私のことを、覚えていてください」
涙が健司の頬を伝った。彼は強く頷いた。
「必ず。君のことは、一生忘れない」
シロミカゲが静かに告げた。
「明日、最初の欠片を探しに行くがよい。『光』の欠片だ」
社殿の外でルカの声が近づいてくる。
「チヨ姉ちゃん、いた!あ、健司先生も」
駆け寄ってくる妹の無邪気な笑顔を見て、チヨの決意はさらに固まった。