第11話 シロミカゲとの対面
夕暮れ時、橋爪チヨは一人で影向稲荷へと向かっていた。ルカは家で宿題をしており、誰にも気づかれぬよう人気のない参道を登る。懐中時計の重みが胸元に感じられた。
影向稲荷は、村の外れにひっそりと佇む小さな神社だった。朱色の鳥居は色褪せ、石段には苔が生えている。普段は誰も訪れない、忘れられた聖域。
社殿に着くと、そこには予想外の人物がいた。
「健司さん?」
佐藤健司が、社殿の前で何かを調べていた。振り返った彼の表情は真剣そのものだった。
「チヨ……やっぱり来たんだね」
「どうして……」
「父の日記にあったんだ。『金色の瞳を持つ者が現れたとき、影向稲荷で運命が動き出す』って」
健司は彼女に近づいた。夕日が彼の横顔を照らし、眼鏡の奥の瞳が優しく光っている。
「チヨ、君に伝えたいことがある」
「健司さん……」
「いや、今じゃない」健司は首を振った。「君には大切な使命があるんだろう?それが終わったら、必ず伝える。だから……」
彼の言葉が途切れた瞬間、社殿の奥から低い獣の唸り声が聞こえた。
闇の中から白い影が現れた。それは狐だった。普通の狐よりも遥かに大きく、全身が月光のように白く輝いている。九つの尾が扇のように広がり、幽玄な光景を作り出している。
「巫女よ」
狐が人の言葉を発した。
「時が来た。わが名はシロミカゲ。霧姫の光と希望を司る者なり」
健司が息を呑んだ。「これが……伝説の」
シロミカゲは健司を一瞥した。「医の家の者か。お前も証人となるがよい」
そしてチヨに向き直る。
「霧姫の封印が綻び始めている。井戸の濁りを浄化し、再び封印せねばならぬ」
「私に……できるでしょうか」
「それは、お前次第だ」
シロミカゲは身を翻し、社殿の裏手へと歩き出した。
「ついて来い。お前の両親が遺したものがある」