6 火を忘れるのが一番つらいので
俺は、日本という国で生まれて、呆気なく死んだ。
「呆気なかったなあ」と最後に呟いたくらいで、特別の感慨はなかった。
切らした煙草を買いにコンビニに出かけた帰り道のことだった。
まあ別に、人生そんなもんだ。
ただ俺の想像と違ったのは目を開けた時、女神を名乗る変な女が目の前にいたことくらいだろう。
「そなたは幸運にも私の目にとまりました」
「はあ」
「そなたは幸運にも私の目にとまりました」
「(ん?)はあ」
「いや、だから、そなたは幸運にも私の目にとまったのです!」
「いやいや、聞いてますって」
女神は腹を立てているかのようだった。
「こんな幸運滅多にないんですよ、転生ですよ、私に出会ったということは転生できるんですよ!?」
「はあ。いや、せっかく大した執着もなく死ねたもので」
「人間なんだ! もっと執着を抱けえ!」
「いや、口調……」
「ごほんっ。いいですか、あなたの意思とは無関係に、あなたは私の目に留まり、転生する運びとなったのです」
「ええ、わかりました」
「普通はもっと喜ぶとか驚くとか、これ、ラノベやアニメで見たことある!とか呟くものなのですが、まあいいでしょう」
彼女の口ぶりから、転生する人間は日本からもそこそこいるように思えた。
「では気を取り直して……」
女神は姿勢を整えた。
「そなたが転生するのは、剣と魔法の世界! そなたはそこで新たな人生を送ることとなるのです」
「なるほど」
「魔物どもが跋扈し、勇者は剣を振るう。冒険者となるもよかろう、スローライフを送るもよかろう。だがいずれ、そなたは英雄となり崇められるかもしれぬ。そんな新たな人生が幕を開けるのだ!」
「なるほど、なるほど」
「これには流石のそなたも喜ぶだろう! 転生者特典を授ける! 特別にそなたが望むものを与えよう。これは女神の慈悲です、慈悲深き私の恵なのです!」
「はあ」
俺は考えていた。日本でも大した人間じゃなかった。それが特別な能力を得たところで、たかが知れている。だが、剣と魔法の世界というのには、少し惹かれるものがある。アニメで見たことがある熱い展開がこの目で見られるかもしれない。いや、でも、実際に戦うことになるのは俺なのだ。そんな危険な状況に耐えられるわけがない。それなら……
「迷っておるようですねえ。どうする? どうする? 最強の身体? 膨大な魔力? 文明の利器? まだ作品化されてない職業も探せばあるぞお?」
「テンプレ女神すぎません?」
「テンプレとはなんじゃ!!!」
女神は再び声を荒らげた。
「あの」
「おお、ようやく思いついたか! 言ってみろ。ほれ、言ってみるのじゃ!」
「文化的なものって可能ですか?」
「文化的なものかの? まあ私に出来なことはない、大船に乗ったつもりで言ってみろ」
「これからいく世界に煙草ってあります?」
「煙草かの? ん〜たしか、一部の民族に喫煙文化を持っておるものがいたような……」
「女神様の力で、急速に広めちゃっていただけませんかね」
「そなた、異世界転生してまで煙草が吸いたいのか!?」
「まあ、ヤニカスってそこまでして吸いたい? って言われ慣れてまして。それと……」
「まだあるのか! いいぞ、そなたにも欲が出てきたな。ちなみに酒はあるぞ、酒好きの世界じゃからのお!」
「いや、自分、酒は飲まないんすけど。ネトフリとかアマプラとか、Dアニメストアとか。何かしらのサブスクで動画視聴ができればありがたいなと」
その二つがあれば俺の日常は維持できる。煙草を咥えてアニメを見る。逆にそれがない世界なんてあまりにもつらい。
「つまらんやつじゃのお。だが、わかった。煙草とサブスクじゃな。ふふふ、これは意外と……。何を企んでおるかは知れんが、そなたの欲望がこの世界をどう変えるか楽しみじゃのお!」
「はあ」
「ちょちょっと調整は必要じゃが、その二つは普及させておこう」
「では、そなたの名は今日からルイージです」
「はあ(名前も指定か)」
「剣と魔法の世界。転生者ルイージよ、そなたの活躍を私は天より見つめております。そなたに栄光があらんことを!」
「あ、あの、最後にいいっすか!?」
「なんじゃ! もう儀式に入っておるというのに!」
「ライター」
「ライター?」
「できたら、ライターも常時ポケットに入れといてもらえませんか?」
「そんなもの、どこでも買えるようにしておるわい!」
「いや、あの、火を忘れるのが一番つらいので」
こうして一度死んだ俺は異世界に転生した。
剣と魔法、それから煙草とサブスクのある世界。
ポケットにはいつもライター。そんな俺だけの能力を携えて──。