5 アメスピと乙女心
「ルイージくん、おすすめの冒険録ないかな?」
「おすすめっすか」
黄箱のアメスピを片手にテレサ姉さんは聞いた。
猫耳の受付嬢は、俺より少し年下だ。
けれど姉さんっぽいのでテレサ姉さんだ。
デザインの学校を出た後、ギルド本部に就職した出向組だ。キャリア組は出向を経て、本部へと戻り出世競争に出向く。俺のような契約社員とは扱いが違う。基本的に日勤の彼女とは、遅番の入り前にしか会うことはない。
「最近、〈ダイナー平原の刃〉一気に観てさ、他のも観たくなっちゃって」
「ああ、逆に自分が見れてないっす」
「マジ? めっちゃオススメだよ」
「オタクの逆張りっすかね」
「ええ、もったいな〜」
〈ダイナー平原の刃〉は大流行中の冒険録だ。
俺みたいなオタク層でなく、一般層から火がついた作品である。
見れば絶対におもしろい、だが、俺みたいなオタクはその種の作品に簡単に飛びつくことができない。時間差で鑑賞して、タラタラと講釈を垂れるのが、いつもの展開だ。
「そういえば、〈カオスマン〉のルークさん見たぁ?」
「ああ、見たっすよ」
「めちゃイケメンよね。推しちゃいそうで我慢してるんだけど」
「推しちゃえばいいっすよ。推しは推せるときに推せって。なんかそんな格言聞いたっす」
「そうよね。冒険者なんていつ死んでも、みたいなとこあるしねえ。でもね、推し増しはさ、乙女心が絶妙に揺れるとこあるんよ」
「そういうもんっすか」
テレサ姉さんのような層が、最近の冒険者を経済的に支えている。
俺みたいな層も買い支えているが、「推し活女子」の底力もまた全く侮れないのだ。
「一応俺のおすすめっすけど」
「ええ、なになに〜」
「古い作品なんで白黒映像っすけど、〈ルドラ戦記〉は見て欲しいっす」
「まじか。聞いたことはある! 帰ったら観てみるね!」
テレサ姉さんは小型端末で手早くD・アドを開くと「お気に入り登録」をした。
「それじゃ、休憩終わるからまたね〜」
まだまだ半分以上も残っているアメスピを灰皿に投げ捨て、テレサ姉さんは仕事へと戻っていった。せっかく長く吸えるのにもったいないなとも少し思う。
時計を見ると俺の昼休憩も終わりに近づいていた。
俺は急いで勤務前、最後の一本に火をつけた。