4 物乞いにピースを
最近、初老の男がよくここに姿を現すようになった。
恐らく物乞いだろう、これがまた困りものだ。
「……」
「うっす」
「今日もお疲れのようじゃのお」
「あ、どぞ」
夕方になると決まってやってきて(しかも俺だけがいる時を狙ったように!)、物欲しげな視線をこれでもかと向けて煙草を無心する。俺は初め気前よくくれてやっていたのだが、それが間違いだった。
張りのあるふくよかな肌。
ふさふとした立派な髭。
こ綺麗な身なり。
それら全てを頭から足元まで覆い隠すように小汚いマントで身を包み、煙草1本持たずに現れるのだ。
その癖、やけに高そうなジッポでそれに火をつける。
最近、貴族から平民に身を落とした者だろう。
身に纏うどれもが、どこかの偽善が仕事をした証と見える。
偽善者、俺もまたその一人だ。
「いや、いつも悪いな」
「うっす」
「それにしてもピースは美味いな」
「ピースが一番っす」
やたら美味そうに吸うものだから、タチが悪い。
しかも、これもこのような物乞いに身を落とした者の性だろうか?
根本のフィルターギリギリまで焼け落ちてもまだ咥えるのをやめないのだ。
「もう一本入ります?」
「いいのか?」
「どぞ」
俺たちは大した会話もないまま、二人並んでピースを咥える。
まあ、そんなに悪くない。むしろ、最近はこうやって吸う煙草が美味くすらある。
(これが彼の魂胆なのだろう。仕方ない暫くは乗ってやる)
「ここの職員かい?」
「そっす」
「仕事は大変だろう」
「まあまあっすね、日によるっす」
「ふぉ・ふぉ・ふぉ、そうかい、そうかい」
平和というか、能天気な笑い声をあげるやつだ。
苦労を知らない者の笑い方だ。平和の味しか知らないのだ。
とはいえ、それは俺も同じだ。
「青年。また来るよ、助かった」
普通ならこれは単なる別れの決まり文句で、喫煙所での縁などその場限りだが、男は必ずまたやってくる。いやはや。奴も、そして俺も、偽善の味を覚えてしまったようだ。
「ああ、そうだ青年。今度はわしが褒美をやろう」
「うっす。気長に待つっす」