作戦決行の夜
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作戦決行の夜。月明かりすらない新月の闇が、エルトリアの街を完全に支配していた。
俺たち特務遊撃部隊は、二つのチームに分かれて行動を開始した。
ハルが率いる主攻部隊は港の第七倉庫へ。そして、俺とマルコ、医療担当のリズベット、そして後方支援のエリアーナの四人は、若い労働者たちが消えたという街外れの古い高炉へと向かった。
高炉は、森の中にその不気味な姿をひっそりと晒していた。近づくにつれて、鼻をつくのは、金属が焼ける匂いと、そして、何か甘ったるい奇妙な薬草の匂い。煙突からは、不気味な紫色の煙が、ゆらゆらと立ち昇っているのが見えた。
「……ここです。見ただけで分かるほど有害な煙かと…」
マルコが、低い声で呟く。
俺たちは、音もなく高炉の敷地内に潜入した。警備の兵士はいるが、その数は少なく、どこか気の抜けた様子だ。彼らは、まさかこんな場所に騎士団が嗅ぎつけてくるとは、夢にも思っていないのだろう。
マルコが、先行して警備兵を音もなく無力化し、俺たちは、高炉の本体である、巨大なレンガ造りの建物の壁際へとたどり着いた。壁には、内部の様子を窺うための、小さな窓がいくつか設けられている。
俺は、その一つにそっと近づき、中の様子を窺った。
そして、俺は、息を呑んだ。
そこは、地獄だった。
薄暗い高炉の中では、何十人もの男たちが、まるでゾンビのように、力なく働かされていた。
彼らは、エリアーナが話を聞いた、旧市街から失踪した若い労働者たちだろう。だが、その顔には生気はなく、頬はこけ、目は虚ろに濁っている。その誰もが、ひどく痩せ細り、まるで全身の生命力を吸い取られているかのようだった。
彼らは、監視役の兵士たちに鞭で殴られながら、巨大な炉に、先日俺たちが敵のアジトで見たものと同じ「鉱石」と、そして「月長石の花」を、休むことなく投入し続けている。
炉の中で燃え盛る炎は、不気味な紫色に輝き、そこから立ち昇る煙は、明らかに有毒な色見を帯びていた。労働者たちは、その煙を吸い込みながら、咳き込み、それでもなお、無理やり働かされているのだ。
「……ひどい……。なんてことを……」
俺の後ろから中の様子を窺っていたエリアーナが、悲痛な声を漏らし、両手で口を覆った。リズベットも、医療の専門家として、その非人道的な光景に、言葉を失っている。
(……これが、ヴァルトール伯爵とアーノルド子爵の『事業』の正体か。そして、帝国が開発しているという薬の製造工場で間違いなさそうだな……)
俺の心の奥底で、静かな、しかし激しい怒りの炎が燃え上がった。これは、もはや単なる裏切り行為ではない。人間の命を、ただの「素材」として使い捨てる、悪魔の所業だ。
「リオン隊長……! 早く、あの人たちを助けないと……!」
エリアーナが、声を震わせながら訴える。
だが、俺は、彼女の肩にそっと手を置き、静かに首を横に振った。
「待て、エリアーナ。焦るな」
「でも!」
「状況が変わった。当初の予定より、慎重かつ迅速に動く必要がある。この地獄を作り出した主犯格を特定しないまま戦闘を起こせば、労働者たちを危険に晒すことになるし、証拠も消される可能性がある。俺は、そこまで馬鹿じゃない」
俺は、燃え上がる怒りを、氷のような冷静さで抑え込んだ。
「マルコ」俺は、小声で指示を出す。「俺と二人で、この建物の構造を完全に把握する。警備の配置、指揮官らしき男の位置、そして労働者たちの収容場所。全てだ。内部に潜入し、奴らの息の根を止めるための、最短ルートを探し出す」
「了解しました」マルコは、闇に溶けるように頷いた。
「リズベット、エリアーナ。君たちはここで待機し、内部の様子を監視し続けろ。俺たちの合図があるまで、絶対に動くな。いいな?」
「……はい」
「……分かったわ」
二人は、俺のその冷静な判断力に、わずかに気圧されたように頷いた。
俺とマルコは、再び闇に紛れ、建物の別の侵入経路を探し始めた。この非人道的な製造工場を完全に制圧し、労働者たちを救出し、そして、この悪事に関わる全ての証拠を押さえる。そのための、完璧な一手を打つために。
俺とマルコは、高炉の建物の裏手へと回り込んだ。そこには、資材搬入用と思われる、錆びついた小さな扉があった。警備の目も、正面に比べて明らかに手薄だ。
「ここから入るぞ」
俺の合図に、マルコは頷くと、特殊な解錠具を取り出し、ものの数秒で古い錠前を無力化した。俺たちは、軋む音を立てないように慎重に扉を開け、内部へと滑り込む。
建物の中は、外で感じた以上に、 息が詰まるような 熱気と、甘ったるくも鼻をつく有毒な煙の匂いが充満していた。俺たちは、息を殺し、通路の影から、先ほど窓から見えた広大な作業場を見渡した。
炉の炎に照らされた作業場では、監視役の兵士たちが、ガスマスクを着けて仲間と雑談を交わしたりしながら、亡霊のような労働者たちを見張っている。その数は、およそ十名。
「……隊長、二階に、オフィスのような部屋があります。あそこに、指揮官がいる可能性が高いかと」
マルコが、天井近くのキャットウォークを指差しながら、小声で囁いた。
「よし。俺は二階の指揮官を狙う。マルコ、お前は、この作業場の警備兵の配置と、労働者たちがどこから来て、どこへ連れて行かれるのか、その動線を確認しろ。そして、可能な限り、奴らの行動を妨害するための仕掛けを準備しておけ」
「了解です」
マルコは、再び闇に溶けるように姿を消した。
俺は、キャットウォークの影を伝い、音もなく二階のオフィスへと向かった。扉には、魔力的な警報装置が仕掛けられていたが、俺にとっては、子供のパズルにも等しい。革手袋をはめた指先で、魔力の流れをわずかに操作し、警報を無効化する。そして、天井の隙間から、中の様子を窺った。
部屋の中には、一人の男がいた。アーノルド子爵配下の将校服を着ているが、その目つきは、そこらの兵士とは違う、残忍で計算高い光を宿している。彼が、この地獄の現場責任者で間違いないだろう。彼は、机の上で、何かの書類と、そして例の『月長石の花』の灰のサンプルを、満足げに眺めていた。
(……まずは、こいつを生け捕りにして、全てを吐かせるか)
俺が、突入のタイミングを計っていると、男が通信魔道具を取り出し、誰かと話し始めた。俺は、全神経を集中させ、その会話を盗み聞きする。
『――こちら、エルトリア高炉。ヴァルトール伯爵閣下におかれましては、ご機嫌麗しく……』
男の、へりくだった声。
『……うむ。それで、今月の『製品』の生産状況は、どうなっている? 帝国側が、急かしてきておるのだ』
通信魔道具から聞こえてきたのは、紛れもなく、ヴァルトール伯爵の声だった。
『はっ! 順調そのものにございます。予定通り、三日後には、第七倉庫へ第一陣を納入できるかと。労働者どもも、多少消耗はしておりますが、まだ十分に『使え』ますので、ご安心ください』
『そうか。アーノルド子爵には、引き続き、治安維持任務に来た騎士団の「双炎の厄災」の目を、港以外に向けさせておくよう、伝えておけ。ないとは思うがあの小僧が、我々の『事業』に気づくことだけは、避けねばならんからな』
『御意』
通信が切れる。俺は、静かに拳を握りしめた。ヴァルトール伯爵が、この非人道的な計画に直接関与している、動かぬ証拠。
(……もう、十分だ)
俺は、これ以上の情報を待つ必要はないと判断した。後は、この地獄を終わらせるだけだ。
俺は、マルコに通信魔道具で短い合図を送った。
『――作戦開始。指揮官は俺がやる。お前は、労働者たちの解放準備を』
そして、俺は、天井を蹴破った。
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