腐敗した街、各々の探り
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アーノルド子爵からの、慇懃無礼な「歓迎」を受けた後、俺たちは廃墟同然の兵舎に荷物を解いた。
そしてその夜、俺は主要なメンバーを一番大きな部屋に集め、改めて作戦会議を開いた。
焚き火の代わりに、リズベットが灯した回復魔法の柔らかな光だけが、地図を広げたテーブルと、そこに集まる俺たちの真剣な顔を照らし出している。
「いいか、改めて確認する」俺は、低い声で言った。「俺たちの表向きの任務は、『治安維持』だ。アーノルド子爵の命令に従い、旧市街の住民が新市街に流れ込んでくるのを抑制する。日中は、この任務を忠実に遂行しているように見せかけ、決して奴らに疑念を抱かせるな」
メンバーたちは、静かに頷く。
「だが、俺たちの本当の目的は、ヴァルトール伯爵の裏切りを暴くことだ。そのために、我々は夜の闇に紛れて、情報収集を開始する。敵は、我々の監視を怠らないだろう。だから、役割を完全に分ける」
俺は、エルトリアの地図を指し示した。
「ハル、リーザ、サイラス。君たちは、日中の『治安維持部隊』の主力を担当しろ。アーノルドの兵士たちと共同で巡回を行い、彼らの信頼を得つつ、その内部事情を探ってくれ。特に、兵士たちの不平不満や、妙な噂話には、常に耳を立てておけ」
「へっ、お任せください。ああいう連中と世間話しながら、情報を抜き取るのは得意でさぁ」
ハルが、ニヤリと笑って答える。
「リズベット、エリアーナ」俺は、次に二人に視線を向けた。「君たちには、医療班として、旧市街の住民たちへの支援活動を許可する。表向きは、人道支援だ。だが、その裏で、住民たちから情報を引き出してほしい。最近、街に出入りする不審な人物や、貴族の噂……どんな些細な情報でもいい。彼らの信頼を得ることができれば、何か掴めるかもしれん」
「ふふっ、お任せあれ、隊長。こういうのは、女の武器が一番有効なものよ」リズベットが、艶然と微笑む。
「は、はい! 全力を尽くします!」エリアーナも、緊張しながらも、力強く頷いた。
「そして、ゼイド」
「……なんだ」
「君には、一番厄介な役を頼む。君の貴族としての身分を利用して、新市街の酒場や夜会に顔を出し、アーノルド子爵や、その取り巻きの貴族たちに接触しろ。彼らの懐に入り込み、ヴァルトール伯爵との関係や、この街の金の流れを探るんだ。……できるか?」
俺のその言葉に、ゼイドの顔が、侮辱されたかのように歪んだ。
「……ふん。あの腐敗した豚どもに、媚びへつらえ、ということか。反吐が出るな。だが……それが任務であるならば、やり遂げてみせよう。ヴァルガス家の名にかけてな」
彼は、悔しさを滲ませながらも、その役目を引き受けた。
「マルコと俺は、夜間の潜入調査を担当する。君たちが日中に集めた情報を元に、怪しいと睨んだ場所に忍び込み、直接的な証拠を探し出す」
「……了解しました」マルコが頷いた。
「いいか、これは、敵国の軍隊と戦うのとは、全く違う種類の戦いだ。情報戦であり、心理戦だ。決して、焦るな。そして、決して、正体を悟られるな。我々は、トカゲの尾を掴んだに過ぎない。ここから、その胴体を、そして頭を、確実に引きずり出すんだ」
俺の言葉に、メンバーたちは、改めてその任務の危険性と重要性を認識し、その顔を引き締めた。
翌日から、俺たち特務遊撃部隊は、三つのチームに分かれてエルトリアでの情報収集活動を開始した。
ハル、リーザ、サイラスのチームは、早速「治安維持」の名目のもと、アーノルド子爵配下の兵士たちとの共同巡回に加わった。子爵の兵士たちは、首都から来た俺たち特務遊撃部隊を「お歴々のエリート様」と見なし、最初は敬遠していたが、ハルの豪快な人柄と、彼が差し入れる酒によって、すぐに打ち解けていった。
「いやー、ハル殿! あんたたちみたいな強い人たちが来てくれて、俺たちも肩の荷が下りるってもんさ!」
新市街と旧市街を隔てる壁の上、休憩中に一人の兵士が上機嫌でハルに話しかける。
「はっはっは! 何言ってやがる! お前さんたちだって、この街の平和を守る立派な騎士様じゃねえか! まあ、一杯やれや」
ハルは、豪快に笑いながら、水筒と見せかけて持ってきた酒を兵士に勧める。リーザは、そんなハルのやり方にやれやれといった表情を浮かべながらも、周囲への警戒を怠らない。
「へへっ、すいやせん。平和、ねぇ……」兵士は、酒を呷り、急に声を潜めた。「実際のところ、俺たちの仕事なんて、旧市街の連中がこっちに来ないように追い払うだけだ。退屈でかなわねえ。本当にヤバい仕事は、新しくできた『港湾警備隊』の連中が全部持っていっちまうんでね」
「港湾警備隊?」
これまで黙って周囲の地形を観察していたサイラスが、さりげなく会話に加わる。彼の唐突な質問に、兵士は一瞬驚いたが、ハルが「おう、サイラス! お前も興味あんのか? 俺も気になってたんだよ」と、自然に話を繋いだ。
「ああ。ひと月ほど前に、子爵閣下の直属部隊として新設されたんだ」兵士は、少し自慢げに、しかしどこか妬むような口調で続けた。「なんでも、騎士団の中でも腕利きの傭兵崩ればかりを集めた精鋭部隊だとかで、給金もいいし、装備も俺たちのとは比べ物にならねえ最新式だ。だが、一体何を守っているのか、俺たちにも全く知らされてねえ」
「ほう、そりゃあ、秘密の部隊ってやつか。面白そうじゃねえか」ハルが、さらに興味を引くように相槌を打つ。
「ああ。ただ、あそこの連中はどうも気位が高くていけねえ。俺たち正規兵を見下してるような感じでな。それに、あいつらが守ってる、港の第七倉庫の周りだけは、何があっても絶対に近づくなって、子爵閣下からきつく言われてるんだ。あそこには、何か特別な『お宝』でもあるのかねぇ」
ハルとリーザ、サイラスは、互いに気づかれないように目配せをした。港の第七倉庫。そして、謎の新設部隊。間違いなく、重要な手がかりだった。彼らは、その後も何食わぬ顔で兵士たちとの雑談を続け、その新設部隊の交代時間や、兵士たちの練度の低さといった、さらなる情報を引き出していった。
一方その頃、エリアーナとリズベットは、旧市街の広場の一角に簡易的な診療所を開設していた。新市街の華やかさとは対照的に、旧市街は埃っぽく、建物の多くは崩れかけ、道端には生気を失った人々が座り込んでいる。
最初は、騎士団の紋章を掲げる俺たちを、住民たちは警戒し、遠巻きに見ていただけだった。彼らにとって、騎士団とは、アーノルド子爵の兵士たちと同じ、自分たちを虐げる存在でしかなかったのだろう。
「さあさあ、皆さん、遠慮なさらずに! ちょっとした怪我でも、体の不調でも、何でも相談に乗りますよー!」
リズベットが、持ち前の明るさと色気で声を張るが、住民たちの反応は鈍い。
そんな中、エリアーナは、道端で咳き込んでいる小さな子供を見つけると、黙ってその子のそばに駆け寄り、しゃがみ込んだ。
「大丈夫? 少し、お熱があるみたいね。お母さんはどこかしら?」
彼女は、子供の額にそっと手を当て、優しい声で語りかける。その瞳には、憐れみや同情ではなく、ただ純粋な心配の色が浮かんでいた。
そのエリアーナの献身的な姿が、凍りついた住民たちの心を、少しずつ溶かし始めた。リズベットの確かな治癒魔法も相まって、診療所には、一人、また一人と、助けを求める人々が集まり始めた。
数日が経った頃には、診療所は、旧市街の住民たちにとって、なくてはならない場所となっていた。そして、彼女たちのその献身は、やがて、重要な情報となって実を結ぶことになる。
ある日、エリアーナが、高熱を出した子供の看病をしていると、その母親が、意を決したように、声を潜めてこう囁いたのだ。
「……騎士様。本当に、ありがとうございます。あなた様のような方がいらっしゃるとは……。あの、一つ、おかしな話を聞いていただけますか?」
「ええ、もちろんです。何でしょう?」
「実は、うちの亭主が……ひと月ほど前に、子爵様が出した『高給の仕事』があるってんで、街外れの高炉に行ったきり、帰ってこないんだ……。うちの亭主だけじゃない。この辺りの、まだ若くて元気な男たちが、何十人も集められてね。時々、わずかな金が届けられるだけで、顔も見せちゃくれねえ。みんな、亭主は良い仕事にありつけたって喜んでるけど、あたしは、なんだか胸騒ぎがして……。あの高炉から、夜な夜な、煙が上がってるって話も聞くし……」
若い労働者たちの、事実上の失踪。そして、街外れの高炉。エリアーナは、その言葉を聞き逃さなかった。
その夜、各チームから集められた情報を元に、俺たちは再び作戦会議を開いた。
ハルたちが掴んだ「港の第七倉庫と、謎の港湾警備隊」。エリアーナたちが掴んだ「高炉と、失踪した若い労働者たち」。二つの情報は、まだ点と線で繋がってはいないが、どちらもきな臭い匂いがした。
そこへ、新市街での調査を終えたゼイドが、上質な貴族服からいつもの戦闘服に着替え、忌々しげな表情で部屋に入ってきた。
「……ただいま戻った。反吐が出るような連中との、実に不愉快な茶番だった」
「ご苦労だったな、ゼイド。何か掴めたか?」俺が尋ねる。
ゼイドは、フンと鼻を鳴らすと、報告を始めた。
「アーノルド子爵は、やはり何か裏で儲けているようだ。取り巻きの連中が、子爵直々の『港の事業』で、近々大きな利益が出ると自慢していた。そして、その事業の後ろ盾となっているのが、ヴァルトール伯爵閣下であることも、酒の席で確認した」
彼は、貴族としてのプライドを巧みに利用し、相手を油断させ、重要な証言を引き出してきたのだ。
「私がヴァルガス家の名を出し、『その儲け話、実に興味深い。もしよろしければ、我がヴァルガス家も一枚噛ませていただきたいものだ。無論、話を通してくだされば、貴殿にも悪いようにはしない』と持ちかけると、彼らは喜んでペラペラと喋り始めた。実に単純な連中だ」
全てのピースが、揃った。
「……なるほどな」俺は、地図上の「高炉」と「港」を指で結んだ。「奴らは、旧市街の労働者たちを使い、あの高炉で、廃坑から採掘した鉱石と『月長石の花』の灰を精錬している。
そして、それを港の第七倉庫に集め、新設した警備隊に守らせながら、帝国へと密輸している。その利益が、アーノルドを通じて、ヴァルトール伯爵へと流れている。……そういうことだろう」
「では、隊長、夜間調査の目標は?」マルコが尋ねる。
「二つだ。まず、高炉。そこで行われている労働の実態と、作られているものの正体を確かめる。リズベット、お前の月長石の花に関する知識が必要になるかもしれん。その後、港の第七倉庫を叩き、密輸の現物と、伯爵との繋がりを示す決定的な証拠を押さえる。貴族たちの証言、高炉での労働実態、そして港での現物証拠。この三つを揃えれば、ヴァルトール伯爵もそう簡単には言い逃れはできん」
俺は、メンバーたちを見渡し、言った。
「作戦は、二日後の夜に決行する。それまでに、マルコは高炉と港の最終的な警備状況を探れ。他の者は、十分な休息を取りつつ、装備と心の準備を怠るな。これは、我々にとって、これまでで最も重要な任務になるだろう。……準備しろ」
メンバーたちは、俺のその言葉に、それぞれの思いを胸に、しかし力強く頷いた。
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